【まくら✖ざぶとん】㊹『そば屋の皿割り』
さてゼロのつく節目だけでなくゾロ目の一席も本腰を入れるのがまくらのお約束、コシが入ったらおいしくなるのはそば、というわけで此度の舞台は久方ぶりの登場となるそば屋のせがれが若旦那を務める下町のそば屋。
そば打ち専業の旦那さんを除いて厨房は三人体制、女将と若旦那に洗い場さん。この店で洗い場を担うのは御年五十歳をゆうに越える皿洗いならぬ皿割り、手を滑らせてはガシャンガッシャン、大皿小皿にメインディッシュにサブディッシュ、割ってきた皿の枚数たるや両手両足じゃおさまらず、皿洗い業界なら人並でも皿割り市場なら五本の指に割って入るに違いない。
おちゃめなおとめならご愛嬌だが中年のおっさんとあらばご大層、慣れとはこわいもんで一応の謝罪は一言で一瞬、平身低頭して詫びる気はさらさらなし、皿は割れるものよと一向に悪びれることなく河童の屁、割り方も河童の頭ならパックリ致命傷だが十本の指はパクリともせず皿で血を流す切り傷はなし。皿の割りように女将はドン引きするも下町のそば屋とあっちゃサラリーからサラワリー分を天引きするのもとんだ人情沙汰、サラワリーマンことアライバアルバイトは皿割れたのに行方は知れてて翌日も元気に出勤。
近頃は飲食店の経営者が集うコンサルセミナーにも参加するそば屋のせがれ、「せめて高い皿だけは」と割を食ってはじめたのは皿割りのコンサラティング。「いっそ高い皿ならば」と割り切りの思い切り、店でもことさらいい汁椀でまかないそばを用意して腕試しならぬ椀試し。言うもさらなり皿の鳴りが潜まったのも束の間、数日後には工夫のかいなくガンガラガッシャン、若旦那のもくろみはもろくも崩れてもとのもくあみ。
これじゃ割に合わないったらなく、そば屋のせがれが思わず一言、
「いい皿だってわかってたっしょ?」
「…もっといい皿でまかない食えるかと思って」
落語『猫の皿』に寄せたらこれがオチになるところだが、どっこい此度の噺が寄るのは『皿屋敷』のほう。
腕が上がらずば心だけでも改めさせんと連れ出したのはお寺の陶器供養会。
お供えされた割れ皿にお手を合わせて、やれやれかれこれ、なんまいだー。