【まくら✖ざぶとん】⑥『三途の迷い橋』
はい、それではね、寝た子を起こす、なる諺がありますが、今日は寝た子が起きた話になります。それだけ聞くと、なんてことのない話に聞こえるでしょうが、そこはまくらたるもの、そばがらを詰められるだけ詰めて耳ごたえのあるやつにしてみせましょう。
さて、そばがらのまくらなんて言っときゃ登場するのはそば屋のせがれ、夜な夜な我が長屋に何しに来たかと言えば店の伝票整理をしたいようだが、半刻も経たぬうちに何しに来たかと言うほど椅子の上でうつらうつら、こっくりこっくり、と舟を漕ぎ漕ぎ漕ぎに漕いで、完全に寝落ちしてから数分後、突如としてガバっと跳ねるように身を起こすや、睡りが深かったのか自分が寝てたことにすら気付いてやしない素振りで、恥じ入り半分、強がり半分、
「寝てねぇってんだよ」
がるると息巻いた数秒後にはまた睡りこけちまうんだが、それを横目で見ているうちに、ふと、はて…本当に寝てなかったとしたら…
ええ。そうなんですな。
…死んじまってたのやもしれない。
死んだように睡っていたのではなく睡るように死のうとしていたのだとすれば、寝落ちならぬ死落ち、生死の境目たる死線こと三途の川の上を行ったり来たり迷い橋、悪かったのは御行儀か往生際か…いざ目を覚ませば心肺停止していたわけでもないので心配停止、生き返ったんならよし、とこれまでも命の有る無しが有耶無耶にされてきたこと請け合い。
そんな死落ちを見極めるべく、そば屋のせがれがまたやってくりゃほら観察。「今日こそはやる、やってやる」と張られた虚勢を聞き流し、むかーしむかし、あるところに、と語りはじめるひまもなく、どんぶらこ、どんぶらこ、と童話の川を流れる桃かお腕さながらに舟を漕ぎはじめたあたりが寝落ち、それから涎たらして鼻提灯をふくらまし、悪いのは呼吸器かスピーカーか…ガースカピーガー、高鼾の音が完全に静まったところが死落ちだ。
そのまま永遠に死に切るには飛び込んだ三途の川を遠泳で渡り切ること。対岸の水際にようよう溺れつつ辿りつく姿を想像したその刹那、そば屋のせがれはガバリ、と跳び起きた勢いで立ち上がり、川渡りの真っ最中で真っ水中だったからか、ぎょろりと目ん玉泳がせながら部屋を見回してボソリ。
「…寝てねぇんだからな」
こちらもとぼけたように言い返してやる。
「ああ。死んでたんだろ。この、死にぞこないが」
すると、急に真顔になったそば屋のせがれ、三途の川から現世(うつしよ)の陸に立ち上がると、こう口走った。
「死に底あった、ってことだろ」