【まくら✖ざぶとん】⑰『饅頭こわくない』
えー、後の祭りって言い回しに対抗して祭りの前に、というわけではないが、五月も半ばをまわりゃやってくるのは待ちに待たれた祭りの季節。久方ぶりにまくらに登場するそば屋のせがれは下町の長男のくせに「耳」とイヤホンを呼ぶ音質育ちがつっこみどころだが、下町の長男とあっちゃそばを打つだけじゃなく太鼓も叩けば神輿も担ぐ。
神輿も神輿で日本最重量を誇る千貫神輿、いっせーの、で持ち上げてみればズシリと肩にのしかかった重さは腰を通り越して膝まで砕けそうなほど。臍に力を入れて下半身全体でえいや、と持ち応えれば、さあぶっつけ本番の出たとこ勝負。シロウトにクロウト、ニートにエリート、気分屋も目立ちたがり屋も伏し目がちもサボりがちも同じ半纏を着てよいしょとどっこらしょ。おりゃ、おりゃ、掛け声に合わせて、そいや、おいさ、なんでもいいから声を張り上げて、せい、えい、おい、やい、神輿を揺らす。
出入り自由の神輿は担ぎ手が抜けてぐっと重くなったかと思えば増えてふっと軽くなり、揺らしているはずの神輿に気づけば揺らされている満員電車ならぬ満員本社神輿で繰り広げられる押し合いへし合い殴り合いの小競り合い、饅頭は饅頭でもおしくら饅頭ならこわくないからいかがでしょ。
押し上げた反動とともに神輿の重さが肩から腰、膝に押しかかるさまはさながら天津飯の気功砲、額に汗、眉間にしわ、こめかみに血管が浮かび、腰はギックギクで膝はガックガク、頭に酸素がまわらず、視界がゆがみ、意識が遠のきかけたそのときだ――。
そーれ、そーれ!
――あの娘だ。
せがれの耳が拾ったのは、去年も、一昨年も、一昨々年も聞いた声。
よく通る高音が、確かな力強さで神輿を盛り立てる。
そーれ、そーれ!
四肢に力を宿らせたのはそば屋のせがれのみならず、単純極まる男子の性、膝をぐぐっと踏ん張ったら腰をどっしり据えて、歯をぎっちり噛みしめて食いしばり、掛け声に応えるべく全員で神輿を目いっぱい力いっぱい揺らす。
…しゃーん! しゃーん! しゃーん!
高らかに響き渡るは神輿のてっぺんに鎮座する鳳凰の鈴である。
――神様も喜んでらぁ…‼
祝福の啼き声が頭上から降り注ぐ、まっこと夢耳心地とはこのことと聞きつけたり。