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土地の香りがする音楽 - クラリネットジャズ紹介5

5回目はAnat CohenのRosa Dos Ventos

Anat Cohenはデュオからラージコンボ(Aat Cohen Tentet)まで様々なバンドで演奏するクラリネット奏者であるが、そのなかでも私が一番好きなものはこのTrio Brasilieroとの作品だ。

ブラジルの音楽といえば、サンバやボサノヴァが有名であるが、このCDの音楽はショーロというジャンルを下敷きにつくられている。ショーロは、西洋のポルカなどの踊れる音楽の文化とブラジルのリズムが合わさってできたような器楽の形態で、即興演奏込みの音楽としてはジャズよりも長い歴史を持っている。フルートなどの管楽器・ギターなどの弦楽器たち・パンデイロという打楽器 といった編成がメインの、酒場で演奏されていそうな、生活の一部でありそうな音楽だ。

Anat Cohenはイスラエル出身のジャズミュージシャンで、彼女の音楽的なルーツにはユダヤの文化、クレズマー音楽がある。彼女とTrio Brasilieroとの作品は、クレズマーの音楽とブラジル音楽とをミックスしたもの、と紹介されることが多い。ショーロもクレズマーもポルカをはじめとした様々な地域の民族音楽を吸収して発展している音楽であるので、形式・形態やなんとなくの聞いた感じに共通点があり、ミックスされるにあたっての親和性はばっちり、という感じもある。

しかし、このアルバムの曲たちは、ただ二つの文化を掛け合わせたにとどまらない響きを持っている。自分が身体的・習慣的に持っている音楽を受け入れて、それとは異なる音楽を持った他人と出会って、お互いの響きを注意深く合わせ、相談して何かの結論に辿り着けるように曲をつくる、通しで聞くとそんな過程が見えるような気がする。文化を掛け合わせるとか合わせないとか以前に、違うように育ってきた複数の個人が一つの作品を作るときは、他人を否定しても自分を否定してもきっとうまくいかない、なんのジャンルであろうと他人と音楽をやるってそういうことだよなぁ、と背筋をただされるような気持ちになる。

なかでも特に好きなのは、5曲目Flamenco〜6曲目Sambalelé〜7曲目Rosa Dos Ventosの一連の流れ。Flamencoはスチールパン(?)のような楽器を加えた演奏だ。どこの音楽、と規定されないような音階のメロディーとスチールパンがぶつかることで、バンド全体が彷徨うような音になっている。Sambaleléはうって変わって、パンデイロとクラリネットの2人の演奏になる。軽くも強烈なリズム感を共有しながら、流れる音楽の中で2人がそれぞれに模様を作ってそれが重なってひとつになっているように聞こえる。そしてRosa Dos Ventosは、それまでのショーロのリズムにはないがっしりと踏みしめるようなサウンドとリズムで始まる。曲の中間部ではクラリネット弦楽器が溶け合うように混ざっていく。そこに踏みしめるようなリズムまでもがいつしか溶け込んでいき、そのなかでクラリネットが自由に泳ぎ回る終結部をへて曲が閉じる。それぞれの曲の中で、それぞれのプレイヤーが持っているものやジャンルの制約、その地の音楽という制約がどんどん合っていくようなストーリーや、なんとしてもそこから新たなものを見出すという決意が見てとれる気がするのが好きだ。

クラリネットって、その土地の香りがする、というか、場所の制約を受けたような音楽が実は得意な楽器なんじゃないかと思うことがよくある。Anat Cohenは、クラリネットのそんな面を十分に引き出しながら、それでもなおひとつの環境に縛られない音楽をするクラリネット奏者だなと思う。なかなか理解できないけれど音楽はとても好き。


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