「混沌の中にくつろぐ」をやってみたら心地よさが戻ってきた
今日は冬至だ。一年で最も昼の時間が短く、夜が最も長い日だ。まさに陰の極みの日ということだ。
宇宙丁目‐地球番地‐日本号にいる私たちにとっては、影響を受けざるを得ない。
そんな日だからなのか、朝から調子が良くない。
不安や焦りが湧いてきたり、必要以上に考え事をしてしまっている。
「昨日送った文章は大丈夫だっただろうか」
「昨日、とある日程調整をしたが進め方はよかったのだろうか」
「来年のお仕事は大丈夫だろうか」
「このあとのお仕事はうまくいくだろうか」
など、普段なら流せることが今日は頻繁に漠然とした不安に包まれる。
そんな時ふと、今年受講した講座で学んだことを思い出した。
混沌の中にくつろぐ
ポイントなのは、ネガティブな感情があること自体は認めるが、それに反応して、まだ起こっていないことに対する妄想を膨らませて考えたり、余計な行動をしないことだと思った。
それを今日は意識してやってみようと思った。
実際にやってみた
「なんかいるわね」と、ネガティブを認めつつも、そのネガティブに振り回されないように、横目で見ている感覚になった。こんな感じね。
実際には、混沌の中にくつろぐモードと通常モードが行き来している状況だった。通常モードに入り、そのことに気づいたら、混沌の中にくつろぐモードへ戻すイメージだ。
そんなことを繰り返しているうちに、くつろぐモードが少しずつ馴染んできた。くつろぐモードの良いところは、ネガティブとの間に距離ができることで、自分の内側にスペースが生まれる点だと思った。
そのスペースがあると、隣にある心地よいものに焦点を当てやすくなる。
白湯を飲んでみたり、ドラマの続きを見たり、今こうしてnoteを書いているのもその一例だ。
「なんかいるわね」とネガティブを認めることで、否定しない分、ネガティブ軍団も必要以上に声が大きくならない。そして私自身も、そのネガティブに振り回されることがないため、実際の行動で余計なエネルギーを使わずに済む。だからこそ、心地よいものが自然と入ってきやすくなり、焦点を当てることができたのだと思った。
そして最後にそのスペースに入ってきたのは、
そうだ、今日は冬至だ。一年頑張ってきた自分を労い、無病息災を願いながら、今日という一日を味わおうじゃないか。
「混沌の中にくつろぐ」をやってみたら、ゆずとかぼちゃになって心地よさが戻ってきましたとさ。