未来が見えたらどうなるか
A子は思う。全体像が見えないと不安になるのは私だけだろうか。
地図でここまで行きたいと思ったら、今どこにいてどのくらいで着くのかわかると安心するように、みんなそれぞれ形は違っても、全体像が見えると安心するという経験は思い当たる節があるのではないだろうか。
私には未来が見えない。
たった数時間後の明日すら希望が見えない。
A子はネットサーフィンをしていた。ふと、ゴミの問題が出てきた。埋め立て地の不足問題だ。あと何十年以内に埋め立て地が不足、ゴミの行き場が無くなるとの記事だ。
私に出来ることはないな、明日の仕事に行けるかどうかの方が差し迫っている。
でも、、、何でこんなに追われている毎日なのだろう。不安だ。
そんなことを考えていたら、突然ひらめきが頭に降りてきた。
今日やった仕事も、どのプロジェクトの何のためにやる仕事か理解したら早く終わった。趣味のハンドメイド、楽しいのは自分の思い描くものが出来るから。未来の道筋が見える安心感があるのだ。
じゃあゴミ問題についてはどうだろう。
地球がごみだらけなのは知っている。でもどうすればいいのかわからないから、見て見ぬふりをするしかない。心配しても考えても分からない。
あぁ、、、やっぱり悩んでも仕方のない事だな。
でも一方で疑問が湧くA子自身もいる。
それは本当なのか?
本当に、考えても仕方ないことなのだろうか。
分からない問題について思考が反復してきてしまったA子は辛くなり、考えるのを半ば中断しそうになった。
思考を巡らせるのが億劫になったA子はまた記事に目を戻してみる。ゴミの記事には、「今出来ることから始めよう」と書かれていた。
出来ることはまずは考えること、とふとA子は思った。同じように未来の地球について考えている人や企業があるかもしれない。同じように考えているのが自分だけではないとしたら、、、
急にA子は何かが分かったような気になった。
今の状況、目指す未来、そして行動する内容を実際に知る、調べることなら出来るかもしれない。そして簡単な事ならやってみることも出来るだろう。大切な人の未来のためなら、自分の為ならやる価値はある。
A子はベッドから起き上がり、ゴミ箱の中にごちゃごちゃになっていたペットボトルの空き容器を1つ手に取り洗って分別した。ネットサーフィンを止めて、環境問題、と検索してみる。
A子は、未来が見えたならいいのにな。と呟いた。
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