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嫌い嫌いと言っていたら

『「あれが嫌い」「これが嫌い」と言っていたら、だんだん周りから人が離れて行った』
という現象を駐妻なりたて前後に目の当たりにした話。

駐妻に限らず、本人や家族の事情でそれまで住んでいた場所から遠く離れると、今までの人間関係にも距離ができて冷静に見つめなおすことができると思う。

そう実感した話。

一つ目。
学生時代の友達だけでつながっているSNSがあった。
その中の一人がよく「あれが嫌い」「これが嫌い」と嫌いなものについて書く子だった。学生時代は毎日顔を合わせていたから「ああ、そういえばあれ嫌いなんだっけ」という話題作りにしかならなかった、と思う。
しかし、学生生活が終わって皆仕事が始まり、数週間~数か月に1度しか顔を合わさないようになってくると様子が変わってきた。
「あれが嫌い」と頻繁に投稿していた子は誰かに直接危害をくわえたわけではないが、ふとお店やイベントで集まろうとした時に
「あ、あの子はこれ嫌いって言ってたから、誘うのやめておこうか」という善意の繰り返しで疎遠になっていった。
彼女は「子供が嫌い」とも言っていたので、仲間内で子供を持つ人が出てきてからは
「あの子は子供嫌いと言っていたから、子供連れで集まる時は誘わないでおこうか」とますます疎遠になり、さらに子供を持つ人が増えたのでそれっきりになった。
私はその頃海外引越をしていて皆から物理的に距離を置いていたので全て傍観していたが、昔何かで見た「『嫌い』と言っていると人が離れていく」というのは本当なのだとしんみり実感していた。

二つ目。
海外生活でも似たようなことがあった。
同じ地域に住んでいる日本人とは日本人同士という安心感があり、なんとなくみんな顔見知りになったが、その中にもよく「〇〇が嫌い」という奥さんがいた。
ある時地域のコミュニティでパーティがあり、日本人も招待された。日本文化に理解がある人が主催しており、その人がホストする集まりはいつも過ごしやすく楽しくて評判だった。
当該の奥さんも普段は「パーティは嫌い」と言っておきながら「この人のパーティには行きたい」と言っていた。


パーティ当日、会場にその奥さんはいなかった。
後から聞いたが、普段からパーティ嫌いを公言していたので、家族も友達もパーティの詳細を知らせていなかったそうだ。
日本人女性で集まった時もパーティの話をしていたが、彼女がいる時は「嫌いらしいからね」と話題にしなかったし、当日いなくても「パーティ嫌いらしいからね」と言われているのを聞いた。

子どもならともかく、大人になっても何かを嫌い嫌いと連呼するのは考え物だなと、海外生活が落ち着いて少し時間が経った頃、暇な時間にぼんやり思い返す出来事だった。

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