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【台湾原住民族を学ぼう①】台湾に住む人たちのこと、原住民族のこと

多民族社会と言われる台湾。九州ほどの小さな面積の島に人口約2300万人が暮らし、数えきれないほど多種多様な文化、風習、言語が共存しています。

親日国としても知られ、日本人にとって常に人気の海外旅行先でもある台湾。しかし、そこに暮らす人々について深く考えたことがある人は、どれほどいるのでしょうか。

本記事より始まる【台湾原住民族を学ぼう】シリーズでは、台湾に暮らす「原住民族(以下、原住民)」と言われる人々のことを紹介します。
台湾に暮らす人たちのことを考え、歴史や文化を学ぶことで、台湾のさらなる魅力を一緒に深堀りしていきましょう!



■台湾に住む人々について

台湾における民族集団の分類

現在、台湾に住んでいる人々は大きく5つの民族集団=エスニック・グループ※(台湾では「族群」と呼びます)に分類されます。

①    外省人

1945年の第二次世界大戦終結以後、共産党に敗れた中国国民党の蒋介石とともに中国大陸から台湾に移住した漢民族系の人々およびその子孫ことを指します。

②    本省人-閩南人(福佬人/河洛人)
③    本省人-客家人

本省人は戦前より台湾に住む漢民族系の人々およびその子孫のことを指します。
閩南人は福建省南部の泉州と漳州を中心とした地域の閩南語を話す人々、客家人は広東省北部出身で客家語を話す人々のことです。
閩南語と福佬語は厳密には異なりますが、台湾の文脈では閩南人と福佬人、閩南語と福佬語は同義として用いられています。

④    原住民
漢民族(外省人・本省人)が台湾に移住してくる以前から台湾に住む人々のことを指します。
オーストロネシア語族(南島語族)に属し、約1万2,000年前から存在が確認されています。

⑤    新住民
1990年の戒厳令解除以降に国際結婚などの理由で台湾籍を取得した人の総称です。
ここ数年、製造業・建設業・家政婦・介護職などを中心に東南アジアなど外国籍の労働者も増えており、現在は新住民が原住民の人口を上回ったことでニュースにもなりました。

※民族集団(=エスニック・グループ/族群)とは……
言語や文化、信仰、慣習、出自、文化的アイデンティティなどを共有する人間の集団を指します。
また、個々の集団を超えた抽象的な概念として「エスニシティ」という言葉が使われることもあります。エスニシティとは、血縁や先祖、言語、宗教、生活習慣、文化などに関して「われわれは○○を共有する仲間だ!」という共通意識をもつ集団を指します。

■原住民の人口は?

出典:中華民国内政部

5つの民族集団のうち、本記事で紹介したいのが「原住民」と呼ばれる人たちのこと。
2024年2月に発表された内政府の統計によると、台湾の原住民の総人口は2023年末時点で約58万人、人口の約2.5%を占めています。前年より0.8%増えたそうですが、総人口に占める割合はかなり少ないことがわかります。


■台湾原住民16民族

出典:中華民國原住民知識經濟發展協會

原住民は言語や文化の異なる複数の民族から構成されており、行政院原住民族委員会によって、次の16民族が認定されています。台湾の総人口約2.5%の中にこれだけ多くの分類があるのには驚きです。

1.アミ族(阿美族)
2.パイワン族(排湾族)
3.タイヤル族(泰雅族)
4.ブヌン族(布農族)
5.タロコ族(太魯閣族)
6.プユマ族(卑南族)
7.ルカイ族(魯凱族)
8.セデック族(賽徳克族)
9.ツォウ族(鄒族)
10.サイシャット族(賽夏族)
11.タオ族(達悟族)
12.クバラン族(噶瑪蘭族)
13.サキザヤ族(撒奇莱雅族)
14.サオ族(邵族)
15.サアロア族(拉阿魯哇族)
16.カナカナブ族(卡那卡那富族)


■原住民の人口 上位3民族

1.アミ(阿美族)……22万人(37.3%)
2.パイワン(排灣族)……10.6万人(18.1%)
3.タイヤル(泰雅族)……9.6万人(16.2%)


■どこに住んでいる?

原住民の人口 上位3県(市)
1.花蓮県……約9.3万人(15.8%)
2.桃園市……約8.2万人(13.9%)
3.台東県……約7.8万人(13.2%)
 
最も人口の多いアミ族は、主に花蓮県、台東県などの東部を中心に、2番目に人口の多いパイワン族は台東県、屏東県などに暮らしています。
分布図を見ると、原住民が住む場所は、東部・南部に多いことがわかります。中でも地方の山岳地帯や海岸地帯に集中していますが、子どもの教育や仕事のために移住する人も増え、現在は全体の約 6 割が都市に住んでいます。


■政府に原住民として認められるためには?

前述の16民族のうち、日本統治時代に原住民族として分類されていたのは9民族。残りの7民族は近年政府に認定されました。

台湾の原住民として政府に認められるには、次のような条件を満たす必要があります。
・台湾のオーストロネシア語族(南島語族)に属していること
・民族の言語、慣習、伝統などの文化特徴が今までに存続していること
・民族集団への帰属意識を維持していること
・客観的な歴史記録があること


■今後「原住民」になりうる「平埔族」の存在

さらに、漢民族との同化が進んでいる「平埔族」が10民族以上存在します。しかし彼らにも独自の文化や風習などが残っており、今後は帰属意識やアイデンティティを根拠として原住民と認定してもらおうという運動が強まってくると見られています。

現在、政府に認定されていない平埔族
ケタガラン(凱達格蘭族)
ルイラン(雷朗族)
クーロン(亀崙族)
バサイ(馬賽族)
トルビアワン(哆囉美遠族)
タオカス(道卡斯族)
パゼッヘ(巴宰族)
カハブ(噶哈巫族)
パポラ(拍暴拉族)
バブザ(巴布薩族)
ホアニヤ(和安雅族)
アリクン(阿立昆族)
ロア(羅亞族)
シラヤ(西拉雅族)
タイボアン(大武壠族)
マカタオ(馬卡道族)


■「原住民」「先住民」どっちが正解?

現在、台湾では「原住民」という言葉が使われています。日本語での「先住民」は、中国語では「すでに消滅してしまった民族」という意味合いになるため台湾では使いません。また、「原住民」は長い年月をかけて原住民の人たちが勝ち得た呼称でもあるため、台湾現地の呼び方に従いここでは「原住民」と表記しています。


■時代に翻弄された「原住民」の苦悩と復興

台湾本土とその周辺の離島に古くから住んでいた原住民は、17世紀ごろからスペイン、オランダ、清朝と外来勢力に翻弄される歴史を歩み、19世紀末からは日本、20世紀半ばから中華民国の統治を受けてきました。

・17世紀(清統治下1684-1895年)
台湾本土に移住し始めた漢民族は、原住民を「番」と呼び、官府との関係を基準に「熟番(平埔番)」「生番(高山番)」「化番」に分けました。
「熟番(平埔番)」……主に平原地域に住んでいた原住民、統治のもと税や労役を課せられた
「生番(高山番)」……主に山地周辺に住んでいた原住民、基本的に統治対象外の非帝国臣民とされた
「化番」……両社の中間と位置付けされ納税のみを行った

・19-20世紀(日本統治下1895-1945年)
日本統治時代の初期に「番」→「蕃」と改名されましたが、「野蛮、未開人」といった差別的な意味をもつとのことで、1923年の皇太子(後の昭和天皇)の提案により「平埔蕃」→「平埔族」、「高山蕃」→「高砂族」と改められました。

・20-21世紀(中華民国統治下1945年-現在)
「高砂族」については戦後中華民国政府から「高山族」「山地同胞」「山地人」と呼ばれるようになります。

このように、16世紀以降、台湾は常に外来政権によって支配されてきました。
日本の統治下では、原住民への日本語教育や日本名を名乗らせるなどの同化政策を採りました。戦後の中華民国(国民党)政府は、原住民の漢民族への同化政策だけでなく、1987年の戒厳令解除まで公的な場での台湾語の使用禁止など本省人や原住民への抑圧も続きました。時代を経て独自の文化や言語を奪われたものも多く、自分たちの呼び名でさえも余儀なく変更されるなど、原住民のアイデンティティはまったく重要視されてきませんでした。

「原住民」の権利を回復

しかし、1980年代、台湾で民主化運動が高まりをみせる中、1983年、原住民族の権利獲得を求める運動が始まりました。
紆余曲折を経て、長きにわたり外来政権によって名称を変えてきた各民族の総称は、1994年に「原住民」と法律上正式に改められました。
さらに、1996年に原住民を管轄する原住民族委員会が設置され、翌年の1997年には憲法に「国家は多元文化を肯定し、積極的に原住民族の言語文化を護り発展させる」という文言が盛り込まれました。同年に「姓名条例」も改訂され、「台湾原住民の姓名の登記は、その文化・慣習に依って行なう。すでに漢族名を登記している者は、その伝統姓名の回復を申請することができる」と明記されました。
2005年には原住民基本法が制定されただけでなく、原住民の国営テレビ局も開設されるようになります。

このような経緯を経て、原住民の権利は徐々に回復。さらに、現在の台湾では原住民の言語・文化などを次の世代に継承しようという活動が盛んに行なわれるようになり、社会でも原住民が自分自身のルーツに誇りを持ち、堂々とそう名乗れるような状況になってきています。

台湾でも少子高齢化が進む中、原住民は総人口の約2.5%という少数民族でありながらも、年々人口は少しずつ増えているというデータもあります。教育面などの原住民に対する優遇政策の強化なども関係しているのかもしれません。


■8月1日は「原住民族の日」

原住民族委員會 公式Facebook

1994年8月1日に、「原住民」の呼称が法律上正式に改められたことより、2005年に「8月1日を『原住民族の日』とする」記念日が制定されました。

2024年8月1日には、頼清徳総統が台北市内のホテルで開かれた原住民族政策サミットに出席。原住民族言語の復興や健康増進、文化の重視などを促す「希望プロジェクト」を引き続き推進するとの政府の方針を示した上で、「原住民族の文化がなければ、台湾の文化は完成しない」と強く述べたそうです。

さらに、原住民族委員会の曽智勇主任委員(大臣に相当)は、「4年以内に平埔族の政府認定や権利獲得などを目指し、原住民族による自治、新たな教育システムなどを完成させたい」と述べました。
このように、今後の台湾政府の原住民に対する政策に注目が高まっています。


■楽曲「《手牽手》16族60人大合唱|ShenAi原住民孩子 國慶禮讚版

さいごに、2021年に公開された原住民16民族60人が手を取り合って合唱する楽曲「《手牽手》16族60人大合唱|ShenAi原住民孩子 國慶禮讚版」を、ぜひお聴きください。
美しく力強い歌声とともに、彼らが原住民として誇りを持って生きる姿を感じていただければ幸いです。


以上、今回は台湾に住む人々のこと、原住民のことについてお話ししました。
まだまだ知られざる、台湾原住民の世界。台湾の歴史を知る上でも原住民のことを知り、学ぶことは避けて通れないことだと感じます。

今後は、【台湾原住民を学ぼう】というテーマで、各原住民の文化や特徴などを定期的に紹介していきます。
文化や風習だけでなく、グルメや衣装などにも原住民それぞれに特徴があり、知れば知るほど現地に足を運んでみたくなる魅力がたくさんあります。
多くの日本人が台湾に興味を持ち、台湾原住民の文化を知ることでもっともっとディープな台湾に出逢い、台湾で行きたい場所、食べたいもの、会いたい人たちが増えること祈っています。

▶次回は「アミ族」について深堀りします!


記事執筆:加賀ま波 (MAHA)

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筆者プロフィール

加賀ま波(MAHA)
台湾専門ライター│日台ハンドメイド作家
三度の飯より、三度の渡台! 台湾大好き台湾マニア。
著書に『台湾を自動車で巡る。台湾レンタカー利用完全ガイド』(なりなれ社/KKday・budget協賛)、『慢慢來 あの日の台湾210days』(想創台湾/自費出版)がある。
2011年、はじめての台湾旅行中に東日本大震災が発生。台湾から見た日本の情景と、自分自身の台湾への無知さとの乖離に違和感を感じ、「台湾をもっと知りたい」と思うようになる。同年、嘉義県大林のボランティア活動に参加し、台湾人の温かいおもてなしとキテレツな文化に触れ、帰国後もずっと台湾のことが頭から離れなくなる。その後も渡台を繰り返し、2021年のコロナ禍にワーキングホリデーと留学の夢を叶える。
現在は、美麗(メイリー)!台湾の専属ライターとして、取材執筆、SNS運営、イベント運営などを担当。個人の活動では前職で生地を多く扱ってきた経験と趣味を活かし、台湾の布や原住民のレースなどを持ち帰りオリジナル雑貨を創作。「想*創Taiwan」というブランドで展開し、日本各地の台湾関連イベントなどで販売している。
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【参考図書】
台湾の歴史(雄山閣・出版)

【参考サイト】
中華民国内政部
https://www.moi.gov.tw/News_Content.aspx?n=9&s=313114
行政院
https://www.ey.gov.tw/Index
原住民族委員會
https://www.cip.gov.tw/zh-tw/index.html
中華民國原住民知識經濟發展協會
https://www.twedance.org/aboriginal00.aspx
台北駐日経済文化代表処
https://www.roc-taiwan.org/jp_ja/post/202.html
国立公文書館アジア歴史資料センター
https://www.jacar.go.jp/seikatsu-bunka/p07.html
ボポモフォで学ぶ中国語


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