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【勝手に現代語訳】三遊亭円朝作『怪談牡丹灯籠』第12話(全22話)

三遊亭円朝の傑作『怪談牡丹灯籠』の現代語訳です。圓朝の語り自体が、ある種の叙述トリックになっている作品なので、結構刺激的です。

2022年7月更新が最後になっておりましたが、とりあえず終わらせようと思っています。(興味のない方はスルーしてください。)

十二

 伴蔵の家では、幽霊と伴蔵が語り合っているあいだ、女房のおみねは戸棚に隠れ、暑さを堪えて、ボロを被り、びっしょり汗をかいておりました。おみねが虫の息を殺しているうちに、お米は飯島の娘であるお露の手を引いて、姿はかすみ、かき消すかのように見えなくなりました。伴蔵が戸棚の戸をドンドン叩きます。

「おみね、もう出なよ」

「まだ、いやしないかい?」

「けえってしまったよ。出ねえ、出ねえ」

「どうしたんだい?」

「どうにもこうにも、俺が一生懸命に掛け合ったから、飲んだ酒も醒めちまった。俺は大体酒を飲めば、侍でも何でも、おっかなくはねえんだ。でもよ、幽霊がそばに来たんだと思うと、頭から水をかけられたような気がして、すっかり酔いも醒めて、口もきけなくなっちまたんだ」

「私はここで聞いていたのだけれど、何だかおまえが幽霊と話している声がかすかに聞こえて本当に怖かったよ」

「俺は幽霊に百両の金を持って来いと言ったんだ。俺ら夫婦は萩原様のおかげで、どうにか暮らしているんだから、萩原様にもしものことがあったら、夫婦の生活が立ち行かなくなる。『百両のお金をくださるなら、きっとお札を剥がしましょう』と言うと、幽霊は『明日の晩お金を持って来ますから、お札を剥してくださいね。それに、萩原様が首にかけていらっしゃる海音如来の御守りがあっては入ることができないから、どうにか工夫してその御守りを盗んで、外へ捨ててください。金無垢で丈は四寸二分の如来様だよ』と言ったんだ。俺もこのあいだ、御開帳のとき、ちょっと見たが、あの時、坊さんが何か言ってたよ。一体、あれは何と言ったっけ? あれに違いない。何でも、大変な名品だそうだ。あれを盗むんだが、どう思う?」

「運が向いて来たんだよ。その如来様はどこかで売れるだろう?」

「どうしたって、江戸では難しいだろう。どこか知らない田舎へ持って行って売るしかないな。もし、潰したって、大したものだ。百両や二百両は堅いぞ」

「そうかい! まあ、二百両あれば、お前と私の二人ぐらいは一生楽に暮すことができるよ。お前一生懸命にやりなよ」

「やるともさ。だが、しかし、首にかけているのだから、容易に放すまい。どうしたらいいだろうな」

「萩原様は、この頃、お湯にも入らず、蚊帳を吊って、お経を読んでばかりいらっしゃる。汗臭いから行水をなさいと勧めて、私が萩原様の身体を洗っているうちに、お前がそっと盗むといい」

「なるほど。だが、なかなか外へは出ないだろうよ」

「そんなら座敷の三畳の畳を上げて、部屋の中で行水をさせようじゃないか」

伴蔵とおみねは夫婦でいろいろ相談をし、策を練りました。

翌日、湯を沸かし、伴蔵は萩原の宅を訪ねます。

「旦那、今日は湯を沸かしましたから、行水をしたらどうですか」

「いやいや、行水はいけないよ。少しわけがあって行水はできない」

「旦那、こんなに暑いのに行水をしないなんて毒ですよ。寝間着も汗でびっしょりですよ。身体に毒ですから、行水されたほうがいいですよ」

「行水は日暮方表でやるものだ。わたくしは少しわけがあって表へ出ることはできない身分だから行けないよ」

「それじゃ、明日この三畳の畳を上げて、やりましょうよ」

「いけないよ。裸になることはできないんだ」

「隣の占い師の白翁堂先生がよく言っているじゃないですか。何でも汚くしておくから、病気になったり、幽霊や魔物が入ったりするのだと。清らかにしてさえおけば、幽霊なんぞは入られねえ。じじむさくしていると、うちから病になりますよ。汚くしていると、幽霊が入ってきますよ」

「汚くしていると、幽霊が入って来るのか」

「来るどころじゃありません。二人で手を引いて来ますよ」

「それは困る。じゃあ、うちで行水をやるから三畳の畳を上げてくんな」

伴蔵夫婦はしめたと思いました。

「おみね、たらいを持って来い。手桶に湯を入れて来い」

おみねは手早く行水の支度をした。萩原新三郎は着物を脱ぎ捨て、首にかけている御守りを取り外して伴蔵に渡しました。

「これは大事な御守りだから、神棚へ上げておいてくれよ」

「へいへい、おみね、旦那の身体を洗ってあげな。よく丁寧にいいかい」

「旦那様、こちらの方をお向きになっちゃいけませんよ。もっと襟を下の方へ伸ばして、もっと屈んでくださいな」

襟を洗うふりをして、伴蔵の方を見せないようにしているあいだに、伴蔵は胴巻をずるずると出してみれば、黒塗りの艶消しの厨子があり、扉を開くと、中ががたつくから黒い絹でくるんであります。丈が四寸二分、金無垢の海音如来です。そっと抜き取り、懐の中へ入れました。かねてから、用心に持って来たのと同じような重さの瓦の不動様を中に押し込み、元通りにして、神棚へ上げ置きました。

「おみねや、長いのう。あんまり長く洗っていると、旦那がのぼせちまうよ」

「もう上がろう」

新三郎が身体を拭き、浴衣を着ました。

「ああ、さっぱりした」

新三郎の浴衣は死者に着せる経帷子です。行水は棺に納める前の湯灌で、神ならぬ身の萩原新三郎は、誠に気分よく、表を閉めさせ、宵のうちから蚊帳を吊り、その中で雨宝陀羅尼経をしきりに読んでおります。伴蔵夫婦は、持ち慣れない品を持ったものだから、ほくほく喜び、うちへ帰ります。

「お前、立派な物だね。なかなか高そうな物だよ」

「俺たちには何が何だかわけがわからねえが、幽霊はこいつがあると入れないっていうほどの魔除けになるんだ」

「本当に運が向いて来たんだね」

「だが、こいつがあると幽霊が今夜百両の金を持って来ても、俺のところへ入ることができない。これにゃ困った」

「それじゃ、お前が出掛けて、途中でお目にかかってきたらどうだい」

「馬鹿言え。そんなことができるものか」

「それじゃあ、どっかへ預けたら、いいだろう」

「預けたりしたら、伴蔵の持ち物には不似合いだと疑われる。どういうわけで、こんな物を持っていると聞かれた日にゃ、盗んだことが露見して、こっちが仕置きになっちまう。質に置くこともできず、かといってうちに置いて幽霊が札が剥がれたから萩原様の窓から入って、萩原様を喰い殺すか、取り殺すかをして、遺体を調べたら、御守りが体にないから、誰かが盗んだに違いないと騒ぎになる。捜索されたら、疑われるのは白翁堂か俺だ。白翁堂は年寄りで正直者だから、こっちが最初から疑われ、家探しでもされて、こいつが出てきたら大変だ。これを羊羹箱か何かへ入れて畑へ埋めて、その上に印として竹を立てておけば、家探しをされても大丈夫だ。そこで一旦身を隠して、半年か一年経って、ほとぼりの冷めた時分、帰ってきて掘り出せば大丈夫だ。ばれる心配はねえ」

「うまいことを思いつくね。そんなら穴を深く掘って埋めておしまいよ」

すぐに伴蔵は古い羊羹箱に、海音如来の像を入れ、畑へ持ち出し、土の中に深く埋めて、その上へ目印をつけ、帰りました。さあ、これから百両の金が来るのを待つばかり。前祝いに一杯やろうと夫婦差し向かいで、互いに打ち解け、酒を酌み交わしました。もう今に八ツ(午前二時)になる頃だからというので、女房のおみねは戸棚へ隠れるように入ります。伴蔵が一人酒を飲んで待っているうちに、八ツの鐘が忍ヶ岡に響いて聞えますと、ひときわ世間がしんといたします。水の流れも止まり、草木も眠るというくらいで、壁に群がるコオロギの声も微かに哀れさを誘い、清水の元からいつもの通り駒下駄の音高くカランコロン、カランコロンと聞こえてきました。伴蔵は来たな、と思うと身の毛もぞっと縮まるほど恐ろしく、かたまって、様子を窺っています。生垣の元へ見えたかと思うと、いつのまにやら、縁側のところへ来ています。

「伴蔵さん、伴蔵さん」

伴蔵はやっとのことで、「へいへい」と答えます。

「毎晩、上がりまして、御迷惑をかけ、誠に恐れ入りますが、まだ今晩も萩原様の裏窓のお札が剥がれておりませんから、どうかお剥しになさってくださいませ。お嬢様が萩原様に逢いたいとわたくしをお責めになり、むずがるので誠に困り果てております。どうぞ、あなたさま、二人の者の不幸を考え、お札を剥してくださいまし」

「剥がします。もちろん、剥がしますが、百両の金を持って来てくださいましたか」

「百目の金子、確かに持参いたしました。海音如来の御守りは、捨ててくださいましたか」

「へい、あれは脇へ隠しました」

「左様なれば、百目の金子をお受け取りくださいませ」

お米がすっと差し出すと、伴蔵はよもや金ではあるまいと思いましたが、手に取り上げてみれば、ズンとした小判の重さ、持ったこともない百両の金を見ると、伴蔵は怖いことも忘れてしまい、震えながら庭へ下り立ちました。

「ご一緒に行きましょう」

伴蔵は二間梯子を持ち出し、萩原の裏窓の戸を立て懸け、震える足を踏みしめながら、ようやく登り、手を伸ばして、お札を剥そうとしますが、震えるものだから思うように剥がれません。力を入れて無理に剥そうとすると、引っ張った拍子に、梯子がグラリと揺れます。それに驚き、足を踏み外し、さかさまに畑の中へ転げ落ちました。起き上がる力もなく、お札を片手につかんだまま、声を震わせ、ただ「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」と唱えます。伴蔵の姿を見た幽霊の二人は嬉しそうに顔を見合わせます。

「お嬢様、今晩は萩原様にお目にかかって、十分にお怨みを仰しゃいませ。さあ、行ってらっしゃい」

お米はお嬢様の手を引き、伴蔵を一瞥しました。伴蔵はお札を掴んで、倒れています。お米は伴蔵を気遣い、袖で顔を隠しながら、裏窓からすっとうちの中へ入りました。


◆場面

伴蔵の家
萩原新三郎の家

◆登場人物

・伴蔵…萩原新三郎の使用人
・おみね…伴蔵の妻
・萩原新三郎…お露が片思いをしている相手、美青年
・お露…飯島平左衞門の娘
・お米…飯島家の女中、お嬢様お露の付き人

◆感想と解説

伴蔵が幽霊のお露とお米と取り引きをして、萩原新三郎の海音如来の像を盗みます。その対価として百両を受け取り、萩原新三郎の自宅に貼られたお札を剥がして…、というところで、終わります。ここで主体的に動いているのは伴蔵だけであることが伏線にもなっています。

第13話に続きます。
場面は、飯島邸に戻ります。

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佐藤芽衣
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