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自己紹介 | 純ドメから海外MBA挑戦、そしてスペインでの出産

こんにちは、メイです。
2023年9月からスペイン・バルセロナにあるIESEビジネススクールで学んでいます。スペイン到着後、入学直前の2023年8月下旬に妊娠が判明し、大学院1年目の2024年4月にスペインで第一子を出産しました。
妊娠期間中、そして産後も色々なことがありましたが、周囲のサポートに恵まれ、休学することなく学生生活を継続しています。

今後、海外大学院留学を検討する方の参考になるかもしれないなと思い、私のバルセロナでの経験をnoteで整理することにしました。今後、回顧録という形でMBA入学後のマタニティライフを書くと同時に、現在のバルセロナでのMBA&育児生活を発信していきます。


簡単なプロフィール

  • 家族:夫、0歳の娘(ひーちゃん)との3人暮らし

  • 居住:スペイン・バルセロナ

  • 出身:九州のとある田舎町

  • 学歴:国立大学卒

  • 職歴:メーカー海外営業 → 戦略コンサル

  • 趣味:温泉、ミュージカル鑑賞、美味しいものを食べながらのお喋り

幼少期~高校生

九州の田舎生まれ

祖父母、共働きの両親、2人の妹という家族構成で、自然豊かな環境でのびのびと育ちました。(最寄りのコンビニまで約1kmという田舎!)

親の次に身近な大人である先生に憧れ、将来の夢は学校の先生でしたが、漠然と「海外に行ってみたい!」という想いも持っていました。いつか海外へ行くために、中学では英語の勉強を頑張ろうと決めていました。
ただ、中学入学後に初めてABCを習った私は、公文や進研ゼミなどで先に英語を学び始めていた他のクラスメートと比較して学習が遅れており、すぐに英語に苦手意識を持つことになりました。

近所の米国人夫婦に「友達になって!」と手紙を書いて投函

英語学習のスタートでつまずき、学校の授業では苦労していましたが、英語でコミュニケーションしてみたいという気持ちだけはありました。
英会話教室に行きたいと親に言ったものの「月謝が高いからダメ!」と断られ、どうしようかと考えていた中学2年のころ、近所にアメリカ人夫婦(30代前半)が引っ越してきたことを知りました。

「英語を使ってみたい!」と思い、学校で習ったばかりの「want to」を使い「I want to become your friend!」と書き、プリクラを貼り、そのご夫婦のご自宅の郵便受けに投函しました。数日後、そのお宅の前を通りがかったとき、奥様から「あなたが手紙をくれた子ね!」と声をかけられ、友達になってもらいました。

そのご夫婦が日本滞在されている約3年間(私は中2~高1の間)、様々な文化交流をさせて頂きながら、下手な英語ながら臆せず話す度胸をつけることができました。(そのご夫婦とは今でも交流が続いています)

大学生

英会話サークルとリーダーシップの芽生え

高校卒業後、親元を離れ、関東の大学へ進学しました。
合唱サークルと英会話サークルを掛け持ちしていました。
合唱サークルは定期演奏会に向けて週4回の練習や合宿があるなど高いコミットメントが求められる組織でした。そのため、1~2年生のころは合唱が優先で、英会話サークルの方は「参加できるときに参加する」という、ゆるい部員でした。

なかば幽霊部員の私でしたが、2年生の後半から約半年間、英会話サークルの部長を務めることになりました。伝統的に学部3年生が執行代となり、サークル運営を担うのですが、英会話サークル所属の同学年の人数が少なかったこともあり、私に声がかかりました。

お願いされたから部長という役職を引き受けたものの、当時の私は、”リーダー = 伝統的なカリスマリーダー”というイメージで、自分はリーダーに向いていない性格だと思っていました。ただ、不向きながらも「楽しく英語で意見交換する場をつくりたい」という想いで、「どのようにすれば、参加者が組織の一員という意識を持ち、活動により主体的に関わってくれるようになるのか?」を日々考えながら試行錯誤するうちに、組織運営が楽しくなっていました。しばらくすると、固定メンバーが増え、サークルに活気が出てきて、振り返った時に、自分がリーダーとして組織に貢献できていたことに気がつきました。

このサークル運営の経験から、世の中には様々な形のリーダーシップがあること、自分がリーダーという役割に楽しさを感じていることを知りました。このエピソード自体はよくある就活のガクチカの1つかもしれませんが、「経営に近い仕事をすることで、組織にポジティブな影響を与えたい」と考えるようになった原体験となりました。

社会人

メーカー海外営業

将来的に仕事に求めたい要素として、「国際的である」「経営に近い」という2つがありました。新卒就活では、2つの要素を同時に求めることが難しかったため、一つ目の要素を優先して考えることにしました。
純ドメな私でも早い段階でグローバルな仕事ができるチャンスがあると思ったのと、働きやすそうというイメージから、新卒では海外売上比率の高いメーカーに入社しました。(入社後しばらくしてわかったこととして、メーカーだから働きやすいということはなく、仕事はなかなかハードでした。。)

仕事はハードだったものの、希望通り海外営業部に配属され、頻繁に海外出張に行く機会にも恵まれ満足していました。ただ、数年経ったころ、「会社の製品力で仕事させてもらえてるだけで、会社を離れたときに一人のビジネスパーソンとしてのグローバルでの市場価値はどうなのだろうか?」と考えるようになりました。
加えて、営業の仕事とは別に社内改善活動を実施した際に、経営アジェンダに早く携わりたいという思いが強くなってきました。また、年功序列が色濃く残る組織であり、自分が経営にかかわるような意思決定をする立場になるまで、何年も待てないなと思ったため、キャリアチェンジを決めました。
その際、MBAか転職かを迷ったのですが、ご縁もあり転職を選択しました。

戦略コンサル

2017年末に某外資コンサルファームに転職しました。コンサル未経験での中途入社であり仕事に慣れるまで苦労の連続でしたが、様々な業界の様々な経営課題に携わることができ、よい上司に恵まれ、プロフェッショナルとしてのマインドセットやコンサルタントとしてのスキルを身につけることができました。

MBA受験

転職して数年、毎日が慌ただしく過ぎ、MBAという選択肢を思い出す余裕はなかったのですが、仕事にも慣れ、コロナ期間に一人で過ごす時間ができたときに「海外に行きたい」と思うようになりました。割愛しますが熟考の末、MBAを目指すことにしました。(2021年末にMBA受験を決め、2022年は仕事と受験の両立を乗り越え、2023年3月に合格)

受験とライフプランの葛藤

2021~2022年頃の私は、妊娠を望みつつも「海外/MBAに行きたい!」という思いがあり悩んでいました。
実は2021年に流産を経験しているのですが、「妊娠・出産→MBA」とすべきか「MBA→妊娠・出産」とすべきか、どちらの順番がよいかを考えていました。しかし、妊娠はコントロールできるものではなく、MBA受験を進めるだけ進めてみて、妊娠してから順番を考え直そうという結論に至りました。というのは、合格さえしてしまえば、入学時期の1年延期を大学側と交渉するなど、何かしら調整方法があるのでは?と考えたためです。

各校の在校生・卒業生、アドミの皆さんへ質問する機会は多くあったものの、上記のようなプライベートな話を聞くことがはばかられ、ネットで情報を得ていました。ただ、情報自体が少なく、またMBA中の妊娠・出産について「男性にはできるけど女性にはほぼ無理です」と書かれたあるMBA生の方のブログを見つけた際は「二兎を追う者は一兎をも得ず」という言葉が頭を巡り、自分の進んでいる方向性は本当に大丈夫なのかと心配になったこともあります。しかし、根が欲張りなのか楽観的なのか、二羽のウサギちゃんを追うことにしました。

なぜnoteを始めたのか?

受験中は上記の葛藤により暗い気持ちになったこともあります。今思うと、あの時、世の中にもう少し情報があれば、もう少し楽な気持ちで受験を進めることができたかもしれないと感じています。そこで、ある1つのサンプルにすぎませんが、私の体験をシェアすることで悩んでいる人の役に立てたらと思い、noteを始めることにしました。「確かに大変なところはあるけど、海外留学と妊娠・出産の両立は無理ではないよ」というメッセージを皆さんにお伝えできれば嬉しいです。


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