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夢の遊眠社 『野獣降臨』

購入した夢の遊眠社のDVD-BOXから続いてはこちら。

https://www.110107.com/s/oto/page/yumeno-yuminsha

1982年8月、当時26歳の野田が脱兎の勢いで執筆。同10月、駒場小劇場で初演。第27回岸田戯曲賞受賞作。以降1984年4月に本多劇場で再演、1987年8月にはエディンバラ国際芸術祭より正式招待され、野田にとって初めての海外公演となった。

https://db.epad.jp/s/3079

ということで、DVDに収録されている映像はエディンバラに行く直前の再再演時の公演の様子を映したもののようだ。皆さん若くエネルギーに溢れていて、元気をもらえる。


あらすじ

一応、あらすじを引いておこう。

<あらすじ>
1969年、アポロ11号の月面着陸を題材として、少年の夢を大胆に変容させ、奇想にあふれた物語。連敗続きの元ボクサー「アポロ獣一」は、デビュー戦で失われた一本のあばら骨を探している。サーカスで〈イカロスの月輪くぐり〉を演じる「月の兎」もまた、行く当てのない放浪者だ。そして、月から地球を眺める「十二単衣の君」、「清少納言」、「紫式部」には、ジュール・ヴェルヌの小説『十五少年漂流記』の面影が重なる。歴史のなかから排除された人々の地球への思いが、電線を伝う「伝説の病い」となった。それは、人が獣に取り憑く病いだった。黒死病が流行した中世、日本神話のイザナギとイザナミの間に生まれたヒルコなど。宇宙船から見る美しくも青い地球には、こんな伝説と悪夢が埋まっていた。

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さっぱり分からない。戯曲も事前に読んでみたが、イメージやモチーフは掴めるものの、話の流れ/プロットは(いつも通りとも言えるが….)全然追えない。※1982年に出版された戯曲は、DVD収録の上演台本とはだいぶ異なるようにも思う。85年に文庫版が出ているので、そちらは改稿されているのかどうか現状は未チェック。

https://www.amazon.co.jp/%E9%87%8E%E7%8D%A3%E9%99%8D%E8%87%A8-%E9%87%8E%E7%94%B0%E7%A7%80%E6%A8%B9/dp/4103405023

『野獣降臨』はエディンバラ国際芸術祭の招待公演に際して写真集も出版されており、そこに野田氏自身の手による"一回きりのお客様サービス"として書き下ろしの「あらすじ」が掲載されている。

https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784789703321

まあ、これを読んでもあらすじは全く頭に入ってこない。野田氏はインタビューで『野獣降臨』の創作経緯についてこのようにも話している。

[N] そしたら、3年生か2年生の秋か忘れたんだけど、学校の担任がき、俺ともうひとりの男の子と、2人していじめていたその女の子ともうひとりの子で、うさぎとサルとキツネと月の女神っていう4人の芝居をやらせたわけ。それはどういう役かっていうと、月の女神が仮の姿で地球に来ていて、誰が一番親切かっていうのを見るの。で、サルとかキツネは人をだまして何かを持ってきたりするわけ。でもそのうさぎは何も持ってくることができなかったんで、火の中に自分の身を投じて捧げるわけ。それで月の女神は、月にうさぎを連れて行きました。めでたし、めでたし…。っていうお話なんだけど、俺サルやってたからさ、頭にきちゃって…。その時はそうでもなかったんだ、でもあとから考えるとさ、そういう犠牲の精神は最低ですよ。親切なんてね、無償でやるべきですよ(笑)何かやるから何かをもらえる、という教えをした芝居だったのかと思うと、やっぱりすごく腹たってしまったね。それへの変化ですよ、「のけもの」は…。

[I]そうなんですか。最初のきっかけは、アポロ月面着陸の新聞を読んで思いついたと聞いていたんですが…

[N] それはね、新作を書かなきゃいけないんで、ネタを探していたわけ。その時は宇宙ものを書いてみようと思ったのね。舞台上が宇宙になったものって、あんまりないだろうと。で、アポロだということで(新聞の)縮刷版を読み、ハイエルダールを知った。

[I] その2つは同じ紙面にあったのですか。

[N] えーっとね、出ていた。アポロの宇宙飛行士のひとりが、ハイエルダールはどうしてるって聞いているんだ・・・地球との交信の間にね。ハイエルダールとラー号はとうしているだとか…。それで宇宙に行っているやつが、太古の証明をしているやつのことを気にしているぞ…。

[I] うん、それはおもしろいと。で、そのネタで本はできあがったと。
[N] それでできたら苦労はしないですよ。(笑)それからでっちあげだもの。
[I] でもふつうの芝居なら、宇宙船アポロとラー号の話でできあがるでしょ。それが他の話をいっぱい入れてつくる。
[N] 役者多いから、うち。(笑)2人じゃすまない。
[I] それじゃ、遊眠社の発展とともに話が入りくんできた。
[N] もちろん、それのみです。(笑)
[I] でもそのせいで、分かんないっていう意見もあったりして。
[N] 2人の場合だって分からないものは分からない。そういう問題じゃないと思う。
[I] わざと分からなくしているんですか。
[N] そんなことないですよ。分かりやすいじゃない。すごいつっこみ…(笑)

プロットレス

架空畳かくうじょうの小野寺邦彦氏は、この戯曲は連想ゲームで書かれており、瞬間しかない"プロットレス"な戯曲だと解説している。

連想ゲームでイメージを書いては捨て、書いては捨てを繰り返してできたゴミの山を見てみたら、結果的にそこにテーマが浮かび上がっている。それは必ずしもいつも成功する本の書き方ではなく、野田自身もNODA MAP以降はこのような書き方を止めているそうだが、この時代は自らの天才性に任せてテーマを決めず書き進めていたはず…と氏は分析。

動画の中でも紹介されているが、第27回(1983年)岸田戯曲賞の審査員の選評が皆ふるっており、井上ひさしはこの戯曲を下記のように評する。

野田秀樹『野獣降臨』の枠組は言語遊戯を針として糸として時間と空間を自在に縫うところにある。言語遊戯が場当たりの爆発を行うばかりでなく、新たな神話を推進するための基本燃料となる。

http://kaku-jyo.com/labo_kishida%2003.html

新たな神話

新たな神話とは何か?小野寺氏の解説をまとめると大方下記のようなことであろう。


人類が月に行く等、科学や人類の進歩が称賛されるその裏側で伝染病・ハンセン病患者・ホームレス等、社会的にいないことにされている人がいる。人類が繁栄を謳歌している裏側で見向きもされず、人類の進歩に取り残された人たち(=のけもの)がいる。

技術を使って未来に前進するのが人間ならば、そこから見捨てられ、取り残された人たち、新しい時代に連れていかれない人たちは人間ではないのか?
(人間でないのであれば獣なのか?)

人類が科学の力で先に進もうとする時、人類が未来に前進するのと同じスピードでのけものは太古に逆流、古代に帰っていく。人類は科学で月に到達するが、未来だと思ってたどり着いた月はウィルスに支配された太古の世界でもある。のけものたちは、過去に戻ることで未来に先回りしていたのだ。月の土から採取したDNAの中には太古から受け継がれたウィルスが入っていて、それが人類に感染する。のけものは太古の世界からウィルスを使って、自分たちが本当に生きていたという物語を感染させる。


ラストは未来と過去が混沌として、筏は分かれ、再び会った時に新たな伝説が作られることが予見される。未来と過去は並行して進んでおり、未来だけでは未来に行けないということだ。

新型コロナウィルス蔓延の間隙を縫い、2020年7月に『野獣降臨』を緊急上演したドナルカ・パッカーンは下記のように簡潔に表現している。

感染症というモチーフを用いて自らが生きている・生きていた証拠を残すために伝説を創り出そうとするノケモノたちを描いた今作は、現在のニッポンを映し出す演劇活動をしているドナルカ・パッカーンにとって、新型コロナウイルス禍のなか上演するにふさわしい演劇だと考えています。

https://note.com/donalcapackhan/n/n19c8bb0144ea

戯曲の力・演出の力

この戯曲を読んで、評価をつける審査員の方々の眼力も改めてすごい。

今回私は、野田秀樹の『野獣降臨』を、受賞作として推した。この作品が一番、明確な方法意識を持ち、それに徹底していると考えたからである。言ってみればこれは、プラスチック製のファンタジーであり、しかもそれぞれのパースペクティブが混乱させられているから、この世界では、あらゆる存在は記号であり、行為はゲームであり、関係は幾何学であり、哲学はクイズにならざるを得ない。もしかしたら「あらゆる哲学はクイズにしか過ぎない」という点に、この作品の哲学があるのだと言ってもいいかもしれない。そして、この焦燥感が、この作品の主題である「新たな伝説を創り上げよう」とする言葉を、極めて説得力のあるものにしていることは否定出来ないのである。

『新劇』昭和58年/1983年3月号選評掲載 別役実コメント

別役氏のコメントなんて正にその通りでしかなく、"連想ゲーム"と言われるような方法論の徹底こそが哲学であり、重要なセリフしか発せられない先の時代とは一線を画した新たな伝説がここに作られている…と納得。

しかし、演出や各演者の演技もこの当時のレベルは凄まじいものがある。段田安則らのキレのある演技も見所だが、やはり野田秀樹。夢の遊眠社の看板俳優らを圧倒する存在感。目に楽しい。何度も楽しめる一作だ。

個人的には、向井薫さんの声が好み。

な、な、なんと!

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