第20週 土曜日 メディアで活躍する女性 岸 惠子
20人目のディアで活躍する女性は女優・文筆家の岸 惠子さんです。
岸 惠子(きし けいこ)さんは、1932年8月11日に神奈川県横浜市神奈川区にお生まれになりました。
1945年5月の横浜大空襲で被災されその後横浜市南区庚台に引っ越され、1955年頃まで家族と居住され、その後、同市神奈川区妙蓮寺に転居されたそうです。
高校在学中に小牧バレエ団に通っておられたことがあるそうです。
神奈川県立横浜平沼高等学校を卒業されています。
もともとは小説家志望で川端康成氏を耽読されたそうです。
高校時代に観た『美女と野獣』に魅せられ、映画に興味を持ち、田中敦子さん(小園蓉子)と松竹の大船撮影所を見学するうちに、吉村公三郎氏にスカウトされたそうです。
その時は断ったそうですがその後「本物の女学生が欲しい」と頼まれて1本だけの約束で、1951年に大学入学までという条件で松竹に入社し、映画『我が家は楽し』でデビューされます。
そしてこの作品がヒットしてそのまま女優になられました。
1952年には『坊ちゃん重役』で鶴田浩二氏と佐田啓二氏の相手役を務められます
この年5月、松竹の看板スターであった鶴田氏が、戦後のスタープロ第1号となる新生プロを設立して独立されます。その第1作として、新東宝配給『弥太郎笠』の制作にあたり、鶴田の相手役のヒロインとして岸さんにオファーを出したそうですが、松竹は拒否したため岸さんは辞表を出されたそうです。結局松竹が折れて、岸さんは映画に出演されます。
続いて、新生プロの『ハワイの夜』でも鶴田氏と共演しヒットとなる。この頃、鶴田氏との恋愛関係が報道されたそうですが、松竹に強引に別れさせられたそうです。
そして岸さんの代名詞となる1953年から1954年にかけて映画『君の名は』3部作が大ヒットします。
主人公・氏家真知子のストールの巻き方を「真知子巻き」と呼んでマネる女性が出るほどだったそうです(これは北海道のあまりの寒さに、私物のストールを使用した岸さんのアドリブだそうです)。
岸さん自身は、『君の名は』ばかりが長期間話題にされることを疎ましく感じ続けられたそうです。以降、松竹の看板女優となられました。
1954年には有馬稲子さん、久我美子さんとともに「文芸プロダクションにんじんくらぶ」を設立されます。
1956年、フランス・日本合作映画『忘れえぬ慕情』に出演されます。
1957年、『忘れえぬ慕情』の撮影がきっかけで、25歳の時11歳上のフランス人の映画監督イヴ・シャンピ氏と結婚されます。
挙式はフランスで、川端康成が立会人となったそうです。
以降、パリに居を構え、フランスと日本を往復しながら女優を続け、「空飛ぶマダム」と言われました。
当時はまだ日本人が海外旅行をすることが出来ない時代であり、フランスへ移住する日本人は非常に珍しかったそうです。
夫・イヴの母が世界的なバイオリニストだった影響により、「女性は手を大事にしなければならない」という理由で夫から料理をするのを禁じられ、ノイローゼになってしまったこともあるそうです。
また義父のマルセルシャンピ氏も世界的なピアニストだそうです。
この頃に、ジャン=ポール・サルトル、シモーヌ・ド・ボーヴォワール、アンドレ・マルロー、ジャン・コクトーらと親交を持たれています。
また1963年には1人娘のデルフィーヌ=麻衣子・シャンピ (Delphine Ciampi)さん を出産されました。
1972年には映画『約束』で萩原健一氏と共演されます。また『雨のアムステルダム』でも萩原氏と共演されてもいます。
萩原健一氏との関係は、彼が「お姉さん」と呼んで慕っていた通り、友人関係であり、一部メディアによる恋愛関係との記事は誤りであるそうです。
萩原は岸の母も慕っていたそうで80年代初頭までは萩原が岸の家に遊びに来ていたが、その後は90年前後にロビーで偶然再会したぐらいだという。
ただし岸さんのお母さんが亡くなった2000年前後に、萩原健一氏は葬儀に駆け付けてくれたとのことです。
1973年、岸さんはイヴ・シャンピ氏と離婚されます。
娘の親権は岸が持たれました。娘さんは11歳だったそうです。
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市川崑氏映画への出演は40年に及び、40代後半から60代後半にかけても、市川映画に出演されました。
1983年には「ペントハウス」誌の創刊号で、後ろ姿のヌードを披露されてもいます。
1996年、国連人口基金親善大使に任命されています。
2000年、娘や2人の孫息子と暮らしたフランスを離れ日本に戻り、横浜の実家で一人暮らしを始めたこともあるようですが、2019年ではパリの高級住宅街として有名なサン・ルイ島にある築400年の家で一人暮らしをしており、時々娘や孫たちに会いに行っているのだと伝えられています。
2000年に発表された『キネマ旬報』の「20世紀の映画スター・女優編」で日本女優の8位になられました。
2014年発表の『オールタイム・ベスト 日本映画男優・女優』では日本女優7位となっているそうです。
2013年3月、自らの恋愛経験を基にオマージュした熟年男女の恋愛小説『わりなき恋』を発表されます。
2014年、小説『わりなき恋』を原作とした一人舞台『わりなき恋』に主演されました。脚本も自ら書かれています。
2019年のエッセーが岸さんの最新の本になります。
またこんな本もあります。
めぐめぐがすごいと思う岸惠子さんのこと
1撮影所の見学でスカウトされそのまま女優になられ素晴らしいキャリアを積まれたこと。
2フランス人の音楽一家の方と結婚され、今より移動が簡単ではない時代にフランスと日本で仕事を続け更なる女優の幅を広げられたこと。
3そして現在でも様々なことに挑戦され、89歳になられても益々活動されていること。