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【夫のターン】さらば、いとしの正解主義

 こんばんは、ヒロタアタルです。
 いわゆる「正解主義」の教育を受けて生きてきたものだから、白か黒か、◯か✖︎か、右か左かなど、思わずさまざまな局面で「一つの正解」を探してしまう。データ、数値、空気などなど、さまざまなものに心が揺さぶられながら、でももっともらしい根拠をみつけては、それをよすがに「正解」にたどりついたような気になって、日々を生きているような気がする。参考書とか問題集をつくる仕事柄、「正解」を求めがちというのもある気がする。

 そんなぼくだから、なんでも解決してくれるドラえもんや、正解のよすがを与えてくれる(ように見える)ホリ◯モンには滅法弱い。何かを求めてビジネス本売り場にふらりと寄ることが多い。非常事態宣言解除後、いつものとおりビジネス書売り場を徘徊した折、「売れてます」という惹句にひかれて買ったのが、今日紹介する『13歳からのアート思考』(末永幸歩著、ダイヤモンド社)だ。

 著者の末永さんは美術の先生で、タイトルの「13歳から」からも察しがつくとおり、本書は彼女が実際に行っている美術の授業をベースにしているという。これを聞いて、「中学生に教えていることを……」とひいてしまう人もいるかもしれない。ぼくもそのうちの1人であったが、いまは一瞬でもそう思ったことを深く後悔してる。よく「行列ができる授業とか」「私も中学生のとき、こんな授業を受けてみたかった!」といったことばをよく聞くが、ご多聞に漏れず、本書の中身はいわゆる「神授業」であった。

 マティス、ピカソ、ウォーホールなど有名な画家、アーティスト6名の作品を軸に、アートの見方、考え方などを授業さながらの講義調の文体で語りかけるように本書は進んでいく。筆者なりの作品の見方、意味を示してくれる。それには毎回納得してしまうが、理解の喜びをかみしめる間もなく、すかさず著者は注意喚起する。これは著者が示した一つの見方、考え方であり、「唯一の正解」というわけではない、と。著者が本書を通してしたいのは、おそらく正解を示すことではなく、その作者が何を考え作品を完成させたかというアーティストの思考を一例として世界の見方を示し、さらに今度はその作品に我々自身が対峙したときにどう思考するかのトレーニングを積ませることである。

 「アート」と聞くと、衒学的でとっつきにくいものというバイアスを持っていたが、この本が示すアート鑑賞法はとてもシンプルで、敷居が低い。ピカソの作品を扱った章で紹介された「ダメだし・アウトプット鑑賞法」というものがあるが、これはその名のとおり、作品を見て、自分がおかしいとおもったところ、違和感を感じたところを列記していくというものだ。そこに前提知識や小難しい「教養」はいらない。列記したダメだしポイントを起点に、このようなダメだしポイント満載の作品をピカソはなぜ、何を思い作ったのかと思考をふかめていく。あまり言ってしまうと、この本のネタバレになってしまうのでここで止める。本書は概要をつかめばいいという類の本ではなく、おそらく1冊を通して、さまざまな体験をして考え、感じることが重要なのだ。ぜひこの1冊を体験してほしい。

 この本が示してくれたことの中で、ぼくが一番重要であると思うのは、「正解はひとつではない」ということである。作者がその作品に込めた思いや意味、ねらいはあるものの、それさえ一つの可能な見方であって、作者の考えすら「絶対の正解」ではないということだ。作品が世に出た以上、その解釈はわれわれ鑑賞する側に開かれており、どう思うか、なにを感じるかは、われわれと作品とのやりとりの中で深めていけばよいという「自由」を本書は与えてくれる。よくよく考えればこの「自由」は当たり前ではあるのだが、アートという視点で示されることで新鮮なものとして改めて再確認ができた。
 見方が自由であるということは、なにもアートに限ったことではない。文学、音楽、映画、テレビ番組などの文化に止まらず、政治、経済など世界全体に対しても同様にわれわれの姿勢は自由であるべきだ。声高な発言についつい寄り添ってしまったり、暴力的な姿勢におそれをなして追従する必要はないのだ。それはそれ、世界のどこかの人が思ったこと、唯一の正解ではない。

 いま世の中は見えないものの脅威にさらされている。おそらく絶対の出口はなく、「正解」もない。ありもしない正解を求めるという愚を犯してはいけない。ただ経験的に知っているのは明けない夜はなく、止まない雨はないということだ。この本をきっかけに、目の前に開かれた世界に臆せず、胸をはって生きていこうと肩甲骨を伸ばした宵であった。でも、「答えがちがう」と陳情をくれたお客様に、「この世の中にぜったいの正解なんてないですよ」なんて言ったら炎上必至だろうな。その際は深く頭を垂れるのみだが、そもそも答えがあるものに間違いがあってはならないか。なかなか難儀な世の中である。ただただ精進あるのみ。

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