「里山十帖」宿泊レポ
藻谷浩介さんの『里山資本主義』を読んでいて、「身の回りにある当たり前のものの価値を、再評価すること」が、いかに大切かを学んだ。
地方で暮らす人々にとって、山や川などの自然、余らせるほどに作る新鮮な野菜、近隣住民との温かな繋がりは、生活と密接に結びつく、当たり前のものだ。
しかし、都会で暮らす人々にとっては、それが非常に価値あるものに変貌する。
里山には、近代化・グローバル化の行き過ぎた現代社会を改革し、持続可能で”豊かな”生活を送るための可能性が秘められている。
自宅の畑で育てる新鮮な野菜、山に自生する豊富な山菜、少し歩けば目の前に広がる大海原——関東圏で働く私にとって、自然との共生は羨望の的だ。
2023年、ゴールデンウィーク。勤めている会社で異動があり、仕事内容が激変して心身ともに疲れ切った私は、吸い寄せられてしまった——里山に。
私は、「美味しいお米を食べる」をテーマに、新潟を旅した。大自然に囲まれた、南魚沼・大沢地区を。
1泊2日のその旅で、私は「里山十帖」という宿泊施設に泊まった。滞在時間こそ短かったが、里山の持つポテンシャルを存分に味わう、貴重な体験ができた。
里山十帖とは
南魚沼にある里山十帖は、山奥の古い旅館をリノベーションして開業した、「里山で過ごす時間」を心ゆくまで楽しめる宿泊施設だ。
衣・食・住、日常のありとあらゆるシーンが、”里山仕様”となって宿泊者を迎え入れてくれる。のんびりと、自然に身を委ねるように時間を過ごすだけで、感性が研ぎ澄まされ、日頃の疲れがすっと消えていく。
築150年を超える古民家を、太い梁や柱はそのままに活用する豪奢な施設。米や大豆、里山で採れた山菜を中心に、日本の発酵食品文化の素晴らしさを伝える料理——ここにしかない「里山の物語」を体験できる場所である。
里山十帖を運営しているのは、「自遊人」という企業。実は、昨年私が泊まったブックホテル「箱根本箱」も、同じ自遊人が運営している。個人的に、ものすごく注目している企業だ。
JR越後湯沢駅から約10分、大沢駅から送迎バスに乗り込む。
曲がりくねった山道を登っていくと、里山十帖の看板が見えてくる。いよいよ、里山十帖の中に足を踏み入れる。
里山十帖を歩く
里山十帖を歩いていて感じるのは、「木の温かみ」である。
先にも述べたように、里山十帖の施設は、築150年以上の古民家をそのまま有効活用している。総欅・総漆塗りの豪奢な建物は、木材の持つ柔らかい風合い、木目が見せる独特な表情で、来訪者の心を落ち着かせる。
そして施設の外に目を向ければ、360°の緑。青々と茂る木々が、また違う種類の「温かみ」で、都会の喧騒に疲れた宿泊者を包み込む。
まず驚くのが、入り口の巨大な両開き扉。木製の両開き扉の迫力に、これまでの宿泊施設とは違うぞ……!と期待が高まる。
扉の先のレセプションは、高さ10メートルの広大な吹き抜けになっている。
中央には、彫刻家・大平龍一さんによるアート作品「ふくこづち(福小槌)」が鎮座している。一本の楠を丸ごと使っているのだそう。
天井を見上げれば、建物を支える梁と柱が、力強く交差している。豪雪に耐えるための昔ながらの伝統建築の、素朴な迫力。少しでも近づきたくて2階に上がると、モダンな家具のお洒落なラウンジがあった。
施設の暖を取るのは、ベルギー製の薪ストーブ「ネスターマーティン」。里山で取った薪を、エネルギーとして有効活用している。エアコンの暖房よりも、温かみがあって嬉しい。
宿泊棟に移ると、巨大スクリーンと本棚のある、もうひとつのラウンジがあった。コーヒーを飲みながら、しばし雑誌や小説を読み耽る。
2階に上がると、ハンモック付きの休憩スペースが。手作りの甘粕アイスキャンディを食べながら、風に揺られる。
里山十帖には、もちろん温泉もあるのでご安心を。「湯処 天の川」は、ツルツルとした手触りの湯が特徴だ。露天風呂から見える絶景も見逃せない。
ルームツアー 〜離れに泊まる〜
今回私は、里山十帖にひとつしかない、「露天風呂付き蔵ツイン・離れ」というお部屋に泊まった。
もともとは蔵だった建物を、リノベーションして作られた離れ。レセプション棟や客室棟とは完全に切り離されており、周囲を気にせずのびのびと滞在できるところに惹かれた。
最大の魅力は、完全プライベートの露天風呂が付いているところだ。入りたいと思った時に、すぐに温泉に入れる喜び。
里山十帖周辺を散歩する
里山十帖は、山のど真ん中に位置している。ひとたび外に出れば、見渡す限りの緑だ。
お部屋に用意いただいていたお散歩マップを片手に、裏道を少し散歩してみた。
到着時は雨だった天気も持ち直し、爽やかな風が吹き抜ける、最高の時間。
人工的な音がほとんど聞こえない静寂の中、どこからか水の流れる音が聞こえてくる。木が風に揺れる音が聞こえる。鳥の鳴き声が鮮明に耳に届く。普段私が、いかにノイズにまみれて生活しているか、よくわかる。
米と山菜とお味噌汁
さて、里山十帖最大のお楽しみ、お食事の時間である。
箱根本箱の時にも感じたことだが、自遊人が運営する宿泊施設は、お料理がとにかく素晴らしい。生産者の想いを重視した食材選び、昔ながらの伝統的な調理法の継承、それでいてジャンルにとらわれない唯一無二のコース料理を提供している。
里山十帖には、「早苗饗(SANABURI)」という名前のオーガニック&デトックスレストランがある。
「大地の恵みを感じていただくこと」「食材の力を感じていただくこと」をテーマに、季節の野菜・山菜を中心にしたコース料理を提供する。これがめちゃめちゃ美味しかったので、朝夕写真付きでご紹介。
間違いなく、人生で最も山菜を食べた1日だった。ひとくちに山菜と言っても様々な食感・味のものがあり、こんなにも美味しくいただけるのだということを、初めて知った。
まずは夕食。コース名は「立夏の頃 蛙始鳴(かえるはじめてなく)」。お洒落。
日が明けて朝食。和食と洋食を選べて、私は和食を選択。
最後に、運営会社・自遊人の代表、岩佐十良氏の言葉を引用して、この記事を終わりにしたい。
私が書いたこの記事を読んで、里山十帖に関心を持っていただけた方がひとりでもいれば、このうえない喜びである。里山の素晴らしさが、多くの人に届きますように。
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