見出し画像

書籍紹介『あと少しの支援があれば』

『あと少しの支援があれば(中村 雅彦)』という本の紹介です。

以前から障がいと災害についての記事を書いてきました。

この本は東日本大震災での障がい者の被災と避難の記録です。

 筆者はこれまで長い間、目や耳や身体が不自由な子どもたちの教育に携わってきた。知的障がいの子どもたちとも生活を共にした。……記憶に残る範囲で、安否確認と支援に乗り出しはじめた矢先、いわき市久ノ浜から悲報が伝わってきた。
 この大震災を忘れないために、そして障がい者の被災現場や、必死で守り抜いた家族や地域の人たちの姿を多くの人に伝えたいと思い、車を走らせた。走り続けているうちに、障がいがなければ逃げ切れることができた人がいたことがわかってきた。犠牲になった現場を訪ねているうち、あと少しの支援があれば助かった例が次々と浮かび上がり、"あと少し"をどうするかが筆者に与えられた課題になった。
 そのために、津波で亡くなった人のご遺族や関係者たちに会い、なぜ逃げきれなかったのかを聞き取った。また、体育館や仮設住宅に避難した人たちからは、避難命令が発せられてからどのように避難してきたのか、そしてこれからどのように生きていくのかを聞き取った。さらに、障がい者の福祉サービス事業者には多くの利用者がいたがわどのように難を逃れ、家族と連絡が取れない状況の中をどのように避難したのか。そして今、避難先での再出発をどのように考えているのかを責任者に訪ねて回った。

はじめに より

本の中では障がいのある人たちの被災と避難の記録が語られます。

支援学校で働き、障がいのある子たちと日々関わる僕にとっては誰もこれも他人事ではありません。

本にあるのは聞き取り記録をまとめたもの…であるはずなのに、その密度の濃さにページをめくる手が止まらなくなります。今まで出会ってきた子どもたちや、学生時代にガイドヘルパーや障がい児学童(現在の放課後デイ)、作業所、グループホームのアルバイトで出会ってきた人たちの顔が浮かんでくるのです。

中でも卒業式を間近に控えた軽度の知的障がいの男子高校生の母親からの聞き取りが忘れられません。

 高校生の息子は自分で行動できる子だったものの、津波を予想して避難するほどの判断力はなく、祖母の「大丈夫」という言葉でそのまま2階にいたのではないかと思う。一般的に軽度の知的障がいのある子は比較的素直で、「大丈夫」と言われればその通りにしていることが多い。
……息子は2階の窓から押し出され、近くの海水の中で見つかった。……

 別れ際に母親は、「誰かに『逃げろ』と言って欲しかった。そして、うちのような子どもは何でもできるように見える子なのに、そうではない子どもだったということを皆さんに伝えて欲しい」らと話していた。

障がいある人たちの被災と避難の記録 3 知的障がいの人たち(1)誰かに「逃げろ」と言って欲しかった より

知的障がいの支援学校で働く僕にとって、なんでもできるように見える子たちはありふれた存在だ。いざという時に、彼らはどう動くのか、僕たちの日々の関わりがいざという時のラインを分けるのかもしれない。もちろん、これまでも避難訓練で手を抜いていた訳ではないのだけれども、この本を読んで(正確に言うとこの本のこのエピソードを防災の研修会で耳にして)から、自分にできることをより考えるようになった。

本の中ではそれ以外にも、障がい種別ごとの当事者や家族の語る、あるいは福祉サービス事業所の被災と避難の記録が掲載されています。


読んでいて、以前紹介した『障害をもつ子を産むということ』という本を思い出します。

本で語られるエピソードに明るいものはほとんどありません。読み終わった後にうまく言葉にできない、なにか重いものがお腹の中にあるのを感じます。

でも、それは目を背けてはいけない大事なもの。

だからこそ、その想いや経験を亡き者にしてはいけないのではないか。

じゃあ、そのことを知った自分に何ができるのだろうか。自分はこれからどうあるべきなのだろうか。

そんなことを考えます。


……本書のテーマである「あと少しの支援があれば」について、説明したおかなければならない。あと少しの支援とは、あと一人という意味でもある。あと一人いれば命を助けることができたし、あと一人いれば避難の負担がどんなに軽減されたかわからない。そして今も、避難生活の中であと一人の支援をまっているのである。

本書の作成に当たって

 あと少しの支援があれば、命が助かった障がい者がいたことをわかっていただいたと思います。また、避難生活も、あと一人の支援があれば負担は大きく軽減されます。あと少しというのは、あと一人という意味でもあります。そして、あと一人とは、本書をお読みいただいたあなたでもあります。

おわりに より

あと少しの支援ができるのは、僕かもしれない。「僕自身がその場で動けるように」「いざという時のその後に、障がいのある人も含めた多様な人たちの負担を軽減できるように働きかける人でありたい」、それも大事です。少なくともその心がけはしています。

そして、目の前で関わる子どもたちにいざという時のことを語るのは僕の役目です。

でも、本人だけでなんともならない状況があるかもしれない。

でも、その時にあと少しの支援が必要な方の近くにいるのは僕ではない誰かかもしれない。その可能性は高いでしょう。

だからこそ、いざという時にみんなであと少しの支援ができるための制度を作っていくことや、もしかしてを考えて動ける人たちを増やすために情報を発信し続けていくことが大事なのだと改めて実感します。

きっと筆者の中村さんもそう考えたからこそ、繰り返された問題や新たな問題、障がいに応じた避難、緊急時の個人情報の取り扱いで、「こうすればいいのではないか」という提言を語られているのだと思います。

あと少しの支援の大切さを知るために、そしていざという時にもしかしてを考えて動ける人になるために、多くの人に読んで欲しいと思う本です。

よければ手に取って、周りの人にすすめてみてください。



表紙の画像はAmazon.co.jpより引用した本の表紙です。