フス戦争と攘夷運動

攘夷運動とは、ざっくり言うと日本の幕末期に見られる「外国勢力排斥運動」です。

鎖国を解き、海外との貿易をせよとアメリカから圧力をかけられた日本は、開国の道を選びます。
しかしそれにより日本が侵略されたり、不平等な条約の押し付けに苦しんだりするのではないかと危惧したサムライたちが、「とりあえず日本人の力をアメリカに見せてやろうぜ!」と言って、開国派の政治家や外人を次々に襲うという行為に走りました。

その良し悪しや結果はともかくとして、その行いにはフス戦争と共通するものがあります。

実はフス戦争も、ボヘミア王国から外国人勢力を駆逐することが目的の一つだったのです。

当時のボヘミア王国は、もともとの民族であるチェコ人を差し置いて、移住してきた民族であるドイツ人が多くの権力を持っていました。

市議会の要職も聖職者も、ほとんどがドイツ人だったこともありました。ドイツ人がのさばる影で、チェコ人は貧しく、搾取される存在だったのでしょう。

チェコ人たちはドイツ人に対する鬱憤晴らしをしたくて仕方がありませんでした。しかし口実もないし実行する力もない。

法律や裁判は権力者の味方でしたから、正攻法でドイツ人に立ち向かっても無駄でした。

そこに登場したのがヤン・フスだったのです。

彼は手始めに、カレル大学の内部におけるドイツ人優遇の仕組みを変える運動を始めました。

大学の運営を決める会議では、学生や職員らによる投票がおこなわれていました。しかしドイツ人の票とチェコ人の票にあからさまな差があり、常にドイツ人の側に優位な投票になっていたのです。

そこでヤン・フスは、その票の重さの差をチェコ人に優勢にするための改革を実現させました(平等ではない、というのがポイント)。
それに不満を持ったドイツ人の学生や職員は、カレル大学を見限って去って行きました。
つまり、フスは結果的に、大学内の外国人勢力の排斥をおこなうことに成功したのです。

ボヘミアの民衆と、ボヘミアの貴族の両方がヤン・フスを支持した理由がここにあります。

すなわち、ボヘミアに住む民衆も貴族も、自分たちの国で外国人がデカイ面をしているのが面白くなく、一矢報いてやりたいと思っていたのです。
そんな外国人を見事に駆逐したヤン・フスの行動は、彼らの望みそのものだったのでした。

考えてみて下さい。
もし、私たちの日本で、外国人の権利ばかりが優遇され、日本人がいつまでも苦しい思いをさせられたりしたら嫌になってしまいますよね。
外国人のオーナーが広大な日本の土地を購入して好き放題したり、外国人が犯罪を犯しても、外国人に優位な法案のために不起訴や無罪になったり、というのがどんどん増えて行ったら…、この国はいったい誰のためにあるのか、と不満がつのるようになるでしょう。

それと同じことが、14世紀のボヘミア王国で起きていました。

しかしヤン・フスの狡猾なのは、あからさまに外国人への恨みや排除を訴えたりするのではなく、あくまで「腐敗した宗教を清浄なものへと改革する」という、崇高な使命と大義名分を民衆に示したところでした。

当時の宗教といえばキリスト教カトリックで、聖職者の大半はドイツ人でしたから、フスの唱えた宗教改革とは、改革の名の下に実はドイツ人からチェコの権利を奪還するという真の目的が潜んでいたというわけです。
それは個人的な恨みを晴らすため、などといった動機に比べ、とても清浄であり、運動への参加者に使命感を与えるものとなります。

もし、改革運動の動機が「外国人に対する私怨」というだけでは、改革運動のためのエネルギーは「怒り」の感情に頼らざるを得ません。
怒りのエネルギーは膨大ですが、持続性がないのが欠点となります。
怒りというのは一時的な暴動には適していますが、社会構造を変革させるには長期的な運動が必要となりますし、たとえ瞬発的なクーデターが成功したとしても、その時点で怒りの対象がなくなってしまうため、その後の政権の安定には繋がり得ないのです。
(きっと怒りによる改革を覚えてしまった人々は、次なる怒りの矛先を向ける相手を探して血眼になることでしょう。暴力革命とはそういうものです。ですから、政権を取った革命家は大概が恐怖政治や独裁に走るのです)

扇動者が常に民衆の怒りを煽るのも、そういうカラクリがあるのです。
民衆の怒りを沸騰させる蒸気機関のようなものです。
常に沸騰させ続けないと、失速してしまいます。だから、扇動者はあらゆる手段と言葉を使って、民衆から怒りのエネルギーを搾取するんです。

社会を改善するため、環境を守るため、貧富の差をなくすため、ジェンダーの壁をなくすため……。
どれもこれも崇高な使命です。ですが、それらの活動家たちはというと……

これ以上は書くのをやめておきます。

14・15世紀のボヘミアにも、そういう輩がたくさんいました。
彼らの崇高な使命感は、結果としてボヘミア全土を焦土にした、という事実だけを書いて、今回の記事を終わりにしましょう。

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