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世界が同じ時間を生きるようになってからまだ140年弱しか経っていない。

ゼーバルトの『アウステルリッツ』を読んでいる。

鉄道の時刻表が共通の時間に載っとるようになるまでは、リールやリエージュの時計はヘントやアントワープの時計とは異なる時を刻んでいました。そして十九世紀の半ばには統一時間が導入されてからというもの、時間は疑いもなく世界を仕切っているのです。私たちは時間が定める進行表に従って初めて、人と人を隔てる広大な空間を移動できるようになった。事実、とアウステルリッツはしばし言葉を切ってから言った、旅をするとわかるように、空間と時間の関係には、今日にいたるまでどこか幻術めいたもの、幻覚めいたものがあります。外国から戻るたびに、自分が本当に遠くまで行ってきたのかどうか、覚束なさをぬぐい切れないのはそのためです。
P.12

世界の時間はもともとバラバラだった、という事実。そしてふと同じ時間、つまり標準時が気になり調べてみるなどしてみた。
wikipediaさんによると、こんな感じ。

標準時が導入される以前は、各々の自治体ごとに(もしその町の時計があれば)その町での太陽の位置に合わせて時計を合わせていた。すなわち都市や観測地点ごとに定めた平均太陽時であった(地方平均時)。移動者は移動の度に時計を合わせ直す必要があった。
鉄道が敷設される以前はこれで十分に間に合っていたが、鉄道によってそれまでよりも格段に速く広範囲を移動できるようになると、頻繁に時計を合わせ直す必要が生じた。また鉄道の運行自体に与える影響も無視できなくなった。

すでに我々にとっては標準時が流れる世界が当たり前すぎるのだが、自治体ごとに流れている時間は違っていた。この時間がある日突然、統一される。その境目を生きていた人たちはどのような感覚だったのだろうか。

時間は世界と紐づいている。シュタインズゲートのように無数の平行世界が存在していても、流れている時間軸は同じ。でもその時間軸すら自治体ごとに異なっていたら……。そしてさらにその無数の時間軸が1つに寄せられていくってなんだかSF的な物語が展開されそうな瞬間。

世界が同じ時間を生きるようになってからまだ140年弱しか経っていない。


何か参考になりそうな本がないかを探してみたらこんな本を見つけた。

特殊相対性理論発案時アインシュタインは特許局の技師だった。当時ベルンの特許局には、鉄道網の発達にともなう異地点間の時刻合わせの技術案が多数持ち込まれており、まさにこの「時計合わせ」に関する技術の審査をしていたのがアインシュタイン。このような体験が「同時刻の相対性」をめぐる思考実験に到達するきっかけになったのでは?といった様なお話が語られているらしい。

なんだかこのテーマにまさに、といった感じの本だな。

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