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「タイムブック」を読んで

このショートショートは、過去にコンテストに応募したときの作品です。いま読むとわけがわからなかったので注釈をつけました。

「君はタイムブックを読んだことがあるか」

叔父さんがそう言った。
うちに遊びに来ては僕にちょっかいをかけてくる、大人に擬態したこども。

「読んだことない」

「そうだろうな。僕もない」

まともに相手した僕がばかだった。

「タイムブックというのは、読めば時間を超えて移動できる本のことだ。
ある時は中世ヨーロッパ、ある時は戦国時代の日本。様々な時代をめぐることができる」

「それタイムマシンのことじゃないの」

お兄ちゃんは修学旅行でレイワ[注1]という時代に行った。
タイムマシンで。
大人たちのいう「始まりの時代」に。

「そんな情緒のないものを。タイムブックは紙とインクと人類が蓄えた膨大な情報、そして君の頭を使って時間旅行を実現する」

「ふうん。情報ならアカシックセンターにアクセスすればいいし、そもそも本とか紙とかよくわかんない」

すると、叔父さんが手をポンと叩いた。目はキラキラと輝いている。

「君には実際に見せたほうが早そうだな」

叔父さんは四角くて厚みのある箱を取り出した。表面に絵が描かれていて、ずっしりと重く、でもタブレットのような硬さがない。

「そこに手をかけて開いてごらん」

開けと言われて、これが薄いシートをいくつも積み重ねたものだと気づいた。
言われた通りに開くと、なんだか不思議な匂い。

「文字だ」

教科書の画像で見たことがある。文字というのは眺めていると動き出しそうで、少し怖い。[注2]

「270年前の歴史書さ。数字以外の情報表現が現存していた時代。タイムマシンで取ってきた違法なものじゃないぞ。経年チェックもちゃんとされてる。まあメルカリ[注3]で手に入れたんだから当然か。でもそれで金がなくなって姉さんのところに無心に来たわけだが」

叔父さんがまくしたてる。こういうところがこどもだ。

「せっかく手に入れたが、あいにく僕はその本を読めそうにない。実は火星市のテスト住民になってね。本は持ち込みが規制されているんだ」

「いつ帰ってくるの」

「いつになるだろうね。いや、無事に帰ってくるさ。それまでこの本を君に預けておく。翻訳アプリでちょっとずつ読んでごらん。何が書いてあるのかな」

次の日、叔父さんは自分の家に帰っていった。僕は少しだけ泣いたけど、たぶん叔父さんは気づいていないと思う。

今年の夏はウイルス濃度が高すぎて、ドームどころか家の外にも出られない。かといって宿題なんて暇人がやるものと相場が決まっている。
そういや昔のこどもたちが夏休みに頭を抱えていた宿題があったとどこかで聞いたな。あれはなんて宿題だっけ。[注4]

どうせ退屈な夏休みだ。このタイムブックとやらに付き合ってやるか。

注釈:

[注1] コロナ禍の文章には「世界がこんなことになるなんて思ってもいませんでした」みたいな文言がよく出てくる。
このショートショートを書いた当時、逆にわたしはこの状況が収束するなんて思ってもいなかった。人類はそのまま滅亡すると思っていた。
フィクションではあるけれども、そういうわたしの不安がこのショートショートに表れている気がする。

[注2] このコンテストのサイトには審査員の先生によるサンプル小説(?)が掲載されていた。
コンテストに応募するつもりはなくて、その先生の文章が読みたかっただけだったのだけれども、読んだら自分も文章を書いてみたくなって、衝動的にこれを書いたように記憶している。
だからこのショートショートはその小説の内容にすごくひっぱられている。

[注3] メルカリというのは某フリマアプリの前身にあたるサービスで、急にこれが出てくるのは、その会社が主催したコンテストだったから。
こういうよいしょを書けば喜んでもらえると思っていた。私はわたしのそういう浅はかさが好きだ。

[注4] 若い人は知らないと思うが、かつて読書感想文という悪しき宿題があった。なぜか本を買って読まされ、その感想を文章にして提出するという忌々しいものだった。
子供の頃のわたしはいつもこれに悩まされていた。

なお読書感想文は「この世でもっとも子供に嫌われている宿題」としてギネス記録に登録され、2058年に廃止されている。

注釈の注釈:

この注釈はフィクションです。

(おしまい)

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