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“ いつも通りの日常”が私にとっての幸せだと気付いた話。

こんにちは、megです♡
このnoteでは、「シンプルに自由に生きていくため」に、日々試行錯誤している私が学んだことや気づいたことを発信しています。


毎年12月に思うこと。
それは「楽しいはずのクリスマスや年末年始が、いつからこんなに億劫なものになってしまったのだろう?」ということ。

自分の家族を持つようになってから、クリスマスが近づくと「プレゼントを用意しなくちゃ」「クリスマス当日はどんなごちそうやケーキを用意しよう」とか、“やらなきゃいけないこと”が頭にちらつくようになった。
12月初旬から忙しい合間をぬってツリーを出して飾り付けして、
子どもたちにバレないようにおもちゃを注文する。(届いたら隠すという作業も!!)

結婚する前はクリスマスも年末年始も、ただただ楽しいイベントだったはずなのに。
自分が誰かのために、誰かを楽しませるために準備する立場になったのが大きな変化なのだろう。
当日は、早朝に子どもたちに見つからないように枕元にプレゼントをそっと置き、起きたら全然知らないふりをして一緒に喜ぶ。
(用意したのはママなのに、誰も「ありがとう」とは言ってくれない)
その後は、1日中キッチンに立ちごちそう作り。
合間に予約しているケーキを取りに行き、一息つく間もない。
気がついたらあっという間に夕飯でクリスマスパーティーが開催される。(主催者は私)
宴の後は、食べすぎた罪悪感を抱えながら後片付け。(食器の量がすごい)

12月26日には慌ただしくツリーを片付け、一気に年末の雰囲気に。
ここから31日までの間に買うものリストを作り、いつどこのスーパーに行くか予定を立てる。
29日からはひたすらキッチンに立ってお節作り。
31日は年越しそばを食べ(もちろん作るのは私)、家族が紅白歌合戦を見て楽しんでいる間に新年を迎える準備に取り掛かる。
夜ふかしして除夜の鐘でも聞こうかと思いつつも、翌朝は早起きしてお雑煮の準備やお節の盛りつけをすることを考えると早めに布団に潜り込みたくなり、誰よりも早く寝る。

今年のお節。よく頑張った!!

と、ここまで書いていて昨年までの私がとてもかわいそうになった。(もちろん嫌な思い出ばかりではないけれど)


今年は全く違う年末年始になりそうだ。
私が「誰かのために料理をすること」を手放したことが大きい。
クリスマスも娘は友達と過ごすので、おそらく息子と二人。
モスチキンとケーキでも買って気楽に過ごそうかと話している。
(なんならピザも頼んじゃう?)

子どもたちに改めて聞いてみると、誰もお節を楽しみにしていないことがわかった。(黒豆と栗きんとんがあればいいらしい)そば嫌いな娘は年越しそばも食べない。(今年は年末年始もバイトだそう)

小川奈緒さんがvoicyで、「ピークをつくらない幸せ」についてお話されていたことがとても心に残っている。
常に「中庸でいること」を意識されている奈緒さんだからこそ、説得力のあるお話だった。
派手に遊んだりすることよりも、日常に落ちている小さな幸せを拾い集める日々の方が私にとっては大事。
“すごく頑張る日”と“何にも頑張らない日”があるよりも、“毎日少しずつの努力を積み上げる”ことの方が自分には合っていることも数年かけて知ったこと。
なにおれさんが言うように、「緩やかでいいから右肩上がりの人生を目指す」ことが大事だと思うようになった。

特に今年は1月1日に能登半島地震があったのも大きく自分の考えに影響しているのかもしれない。
いつも通りに家族で過ごせる日常がどれだけ幸せなことなのかを、日々感じた一年だったからだ。
奈緒さんがおっしゃるように、「人生を放物線のようにとらえない」ことは日常においても同じこと。
何かイベントがあるからといって、一人だけ特別頑張るということはやめて、日常にちょっと付け足しするぐらいがちょうどいい。
子どもたちにも食費を渡しているから、それぞれ好きなものを買って持ち寄るのも楽しそう♫

娘が修学旅行の時に、ホテルの1階にあるコンビニで「お金を気にせず好きなものを買ったのがめっちゃ楽しかった!!」と話していたのが印象的で。
年末年始はみんなで好きなものを買うのも楽しそうだ(意外とやったことないかも)。

大切なことは、誰か一人が犠牲になって家族の楽しみを作るような仕組みはもう古いということに気づくこと。


今は“水瓶座冥王星時代”。
水瓶座が「ユニークで革新的、自由・平等・博愛」の星座であることを考えると、今まで当たり前のように続いていた家族の在り方ももちろん変化していくはず。
ましてや冥王星は「物事を根底から覆す・激変させる」力を持つ天体。
そういう意味では、結婚して18年の我が家に今年は革命を起こしたともいえそう。
“当たり前に家事をする人”が決まっていた我が家において、“家族全員が家事をする人”になったことは非常に大きな変化だ。
おかげで誰か一人が負担に感じることなく、全員が平等になった。
ここからさらに数年かけて、“全員が自分の生活費を自分で稼ぐ人”となり、自立することが目標。
“大黒柱”なんて言葉はおそらくこの先消えていくのだろう。
一人が全員の生活費を稼ぐことは、このうえなく重圧感に満ち溢れている。
そのことが生きづらくさせていると、なにおれさんも幾度となく話していることだ。
誰かに依存し、また依存させることは間違いなく生きづらい。
それぞれが自分の足で立てるようになることが、家族においてのゴールなのではないかと私は思う。


「みんな違ってみんないい」。
家族の中でも、「毎日同じルーティンで過ごしたい人」はそうすればいいし、
毎日の暮らしに放物線を描くようにメリハリをつけたい人はそうすればいい。
それぞれの価値観に沿って、誰かに強要することなく、自分で自分の暮らしを作り上げればいい。
そんな新しい家族の在り方を伝えていけたらいいなぁ、とふと思った冬の朝でした。

ここまで読んでくださってありがとうございました!!
少しでも年末年始の慌ただしさに憂鬱になっている方のお役に立てたら幸いです♡
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