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ぬるい恋愛✉️ 〝情熱という、理想というmelancholy〟 【長編小説】
ぬるい恋愛✉〝情熱という、理想というmelancholy〟
美位矢 直紀
目次
1 嘯く心
2 耽る前夜
3 サイトとの出会い
4 重ねる洞察
5 判断の手順
6 理想の嘆き
7 最初のデー
1 嘯く心 【小説】
(このまま暫く付き合う事も出来る・・・来週振られようと思えばそれも出来る・・・)
涼介はハンドルから手を離し瞼を閉じていた。
(ほんと腐った野郎だ・・・)
まゆみの気持ちなど丸で考えず、まゆみの心を踏み躙にじる場面だけを〝いけしゃあしゃあ〟と考えている自分のぬるさに嫌気が差していた涼介は心の中でそう吐き捨てた。
(今朝あんなに強い日差しで起こされたってのに・・・)
自分の醜い算段から逃避する
2 耽る前夜 【小説】
(多分女性は親密になると何でも話せる間柄になりたいと思うんだろうな・・・しかし男はどうなんだろう、何も話さなくても分かり合える関係になりたいって思ってるんじゃないだろうか・・・いいのかなそれでお互い・・・自分はどうなんだ?・・・)
ベッドの中でそんな事を考えていた涼介はゆっくりと首を右側に動かした。
まゆみは左の頬を枕に沈み込ませて眠っていた。無防備に晒されている右肩は細く艶やかだった。
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3 サイトとの出会い 【小説】
松岡まゆみと佐久間涼介という、32歳と34歳の、世間の常識として分別と良識を備えている筈の二人は、携帯電話のメール機能を利用した〝出会い系サイト〟という、男女の間を取り持つ現代最強の手っ取り早い武器を使い、2ヵ月程前、暑さのピークを迎えないまま終りそうな8月に知り合っていた。
〝恋人を見つける〟というテーマの下もと、携帯電話やパソコンのメール機能は、過去、男女が経験した事の無い特殊な会話方法とし
4 重ねる洞察 【小説】
「2時半か・・・」
腕時計を外し、コントロールパネルの横に置いた涼介はベッドの中で再び考え始めていた。
眠れない涼介の隣でまゆみは寝息を立てていた。
涼介は初めて出会い系サイトのURLを開いた日から9ヶ月近くの間、様々な女性とメールで会話を重ね、対面も重ねていた。大阪から博多に出張で来ていた女性も居れば隣町の主婦も居た。顔を合わせて30分後にはラブホテルに入っていた女性も居れば、メールで会話
6 理想の嘆き 【小説】
「・・・・・」
涼介はドレスルームの中に居た。
涼介にとってセックスは自身の系譜を創る本能の様な、温かい家庭を作る為だけに営まれる無味無臭で独善的な作業の様な、次世代に繋げたい野望の為に組み込まれたスケジュールの様な行為ではないという美意識があった。
(・・・悦んで貰える様な、悦ばせたくなる様な、お互いそんな裸でありたいし、時折嘘や演技をして欲しいし、奮い立つ様な表情や動きも欲しいし、大胆にな
7 最初のデート 【小説】
〝トゥルルルルル・・・トゥルルルルル・・・〟
涼介は待ち合わせ場所に向かっているタクシーの中でまゆみに電話を掛けた。
「・・・もしもし・・・お疲れ・・・ごめんな・・・もう少しで着くから・・・了解・・・それじゃ」
涼介は8時の待ち合わせに30分程遅れそうだった。
〝ピッ〟
電話を切った後、まゆみは直ぐ目の前に迫った涼介との最初のデートに心臓の痛みを体中に響き渡らせていた。
「・・・・・」
8 珠玉の過去 【小説】
「・・・・・」
涼介は煙草を吸える一号車の窓側で考えていた。
湿った心に情熱という火を付ける為に涼介は恋愛の理想と〝まゆみ〟という女性との現実を何度も何度も心の中で擦り合わせていた。しかし心の中から取り出したい好きという気持ちと、好きになろうとする気持ちは幾ら擦り合わせても斑なく混じり合う事はなかった。
(何が不満なんだ・・・俺は一体何を望んでるんだ・・・素晴らしい女性じゃないか・・・この出会
9 ぬるい代償 【小説】
(ふぅ・・・)
マキの事を思い出し続けながら新幹線を降りた涼介は、出そうになる溜息を我慢して柔らかく息を逃がした。
深夜だというのにホームには残暑を物語る生ぬるい夏の風が渡っていた。
涼介の周りには足早に歩く人が溢れていた。
(何であんな風になっちまったんだろう・・・結婚するのが当たり前で安心してたのかな・・・)
涼介は会社の在るテナントビルの警備室で身分証を提示した後、通用口の階段で地
10 依存の副産物 【小説】
■受信トレイ■
□<未開封> エリカ 2003/09/07 00:12
□<未開封> まゆみ 2003/09/07 00:05
□<未開封> まゆみ 2003/09/06 23:36
□<開封> 岡部恭子 2003/09/06 20:17
□<開封> まゆみ 2003/09/06 20:04
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11 二人の独善 【小説】
芳野エリカは携帯電話が持つあらゆる機能を使い熟す女性に見受けられる芸術的な処世術を備えていた。その処世術には楽しい方向に貪欲に流れて行く事や不安定な足場を華奢な思考でも臆さずに歩く事、自分の置かれている状況を前向きに捉える事などが必須項目として織り込まれてあった。
9月19日金曜日の夜、エリカは涼介のリビングに居た。
エリカが買って来た白ワインは空になっていた。
エリカは取り敢えず目の前に
12 理想との呼応 【小説】
「失れーいっ!」
濡れた髪にタオルを巻き、体にはバスタオルを巻いて歯ブラシを銜えたままリビングに戻って来たエリカは、ソファーに座りセンターテーブルに足を投げ出してテレビを見ている涼介を仰々しく跨いで窓際のドレッサーに向かった。
「・・・・・」
涼介はエリカのその行為に反応する事無くテレビを見ていた。
(・・・あれ?)
涼介が見せる何時もの様な〝反撃〟を期待していたエリカは、ドレッサーの上に置
13 対角の感覚 【小説】
「・・・・・」
9月27日の土曜日、まゆみはハイアット・リージェンシー福岡に向かうタクシーの中で、3週間振りに会う涼介との二度目のデートに少し緊張していた。
まゆみが涼介に抱いていた不安は、毎日涼介とメールで会話をしていたという現実に因ってかなり緩和されていた。更に鈴木周五郎というもう一つの現実がまゆみの不安定な気持ちの支えになっていた。
(・・・〝社長は止めてくれ〟か・・・)
まゆみは緊張