人的資本経営に関する5つの嘘(誤解) 今こそ見直す、人と企業の本当の価値
「ダイバーシティって、女性活躍だけの話!? 」「人に優しい経営って、何!? 」「リスキリング、あなたの認識で大丈夫?」「ISO 30414認証、本当に価値があるの?」「離職率は、低いほうが絶対にいいの?」……。
2024年10月9日に開催したmeetALIVEでは人的資本経営のスペシャリストたちが、こうした「5つの嘘(誤解)」を解き明かし、人材マネジメントの本質を探りました。その内容をお伝えします。
―― まずは、「ダイバーシティって、女性活躍だけの話!?」という問いについて伺います。中島さんお願いします。
中島さん
「ダイバーシティ」は、男女という性別属性に国籍、人種、LGBTなどの要素が加わり、現在は様々な視点で語られるようになりました。これらは人単位のダイバーシティの話ですが、スキル型のダイバーシティになると、1人の中にもダイバーシティが生まれてきます。そうなると人単位だけでなく、ユニットや組織単位の視点も重要になります。
実は同じように「人的資本」という言葉も、とても曖昧です。たとえば、女性管理職比率や離職率などは、個人そのものを人的資本とみなしたKPIです。一方、組織風土は、組織単位で見ていくものです。これらが人的資本という言葉で一括りにされているから、わかりづらくなっています。両者の視点を持つことが重要と考えます。
問いに話を戻すと、ダイバーシティは女性活躍だけの話ではありませんが、「女性活躍」というテーマは、しっかり切り取り検討する必要があると思います。なぜなら、男女という性別属性には出産・育児を通じて意識の差が大きく生まれることがわかっているためです。
民岡さん
スキルの定義を表面上の技術的なことだけではなく、生まれ持った潜在的な能力も含めた意味でお話します。企業が進めようとしている事業に対して、どのようなスキルを持ったユニットが最適なのか。そこに集中して人材を集めれば、性別、年齢、経験といったバイアスがなくなります。スキルで考えていくと健全化が進むのではないでしょうか。
―― 続いて、「人に優しい経営って、何!? 」という問いについて伺います。桶谷さんいかがでしょうか。
桶谷さん
弊社、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(以下、CCC)の取り組みをご紹介させていただきます。CCCは、ここ数年で変革期を迎えており、経営者も変わって第二創業期にあたります。新しいCCCをつくるために、今まさに前例のないこと、できていないことにチャレンジをするスタートラインに立っています。
世の中の事業変革も急速に進んでいく中、会社が用意したキャリアを歩んでいくだけでは厳しい時代です。この変革期を乗り越えるためには社員がより主体的にキャリアを積んでいく必要があると考えています。
私たちは、そのようなキャリア自律した社員が、CCCを通じて社会に貢献することを支援したいと考えています。その先に、どこでも活躍できる自律した人に選んでもらえるような会社を目指しています。
以下の図は、「キャリア自律度」と「組織の選択度」というCCC独自のエンゲージメント指標を用いてある組織の状態を分析したものです。
これを見ると、キャリア自律度が高い人ほど、離職する傾向にあります。また、キャリア自律した社員は、社内公募を利用して自ら部署を離れる傾向も見て取れます。離職率が高いことは必ずしも悪いということではなく、その中身が大事です。自分がより活躍できる場に自ら手を挙げてキャリアを形成していくことが、結果的に個人と企業の成長に繋がるのであれば、それは悪いことではありません。私たちは、こうした社員のキャリア自律を支援する仕組みを構築しています。
具体的には、上記の図のような仕組みです。社員が自分にできることを自ら社内に公開します。マネジャーは、自分が運営する組織の仕事内容を公開します。それらを双方が見ることができるプラットホームを構築中です。社員は自分の会社にどのような仕事があるのか全体を把握することができ、キャリア形成の参考にしながら興味のある仕事に手を挙げることができるようになります。一方でマネジャーは、自組織が求めるスキルを持った人材にコンタクトすることができるようになります。
―― 中島さん、民岡さんは、CCCさんの取り組みを聞いて、どのように感じましたか。
中島さん
マネジメント自律まで踏み込んでいるところが面白いですね。マネジャーに人事権を与えるのは簡単ではありません。マネジャーは日々のマネジメント業務や評価で精一杯なのが現状です。弊社でも評価者研修の依頼がよく寄せられています。そこに、自組織の仕事を定義して、必要な人材も定義して、スカウトまでするというのは、結構ハードルが高いと思います。何か対策されていることがあったら、教えてください。
桶谷さん
おっしゃる通りで、上記は将来的に目指す姿ですが、実現に向けての課題をひとつずつクリアしていく必要があると考えています。そもそも自分の組織に必要な仕事やスキルを言語化することにかなりの工数がかかります。CCCには課長以上のポジションが300以上あるので、何の基準もないまま一からマネジャーがつくっていくのは大変です。そこで、AIを使って一般的な職務要件、職務に必要なスキルを言語化し、それをベースにして、マネジャーに自分が運営している組織に必要な職務やスキルを考えてもらうようにしました。HRテクノロジーを活用しながら、マネジャーの自律的な取り組みを支援することから始めています。
民岡さん
キャリア自律には多くの企業が取り組んでいますが、マインドだけ醸成されて仕組みがないため、自律した社員の行き場がない状態になっています。たしかに、自律したら外に出て行くのではないかとの怖さもあります。しかし、「それでもいいんだ」というぐらい腹をくくってやらなければいけない取り組みなので、CCCさんはそこを地でいってらっしゃると思いました。自律と選択のバランスが素晴らしいですね。
日本全体が雇用を守ることに向かうような雰囲気があるのですが、これは人に優しくないと思うんです。「給料もちゃんと払うし、環境もちゃんと整えるから、ずっとうちの会社にいてね」といった囲い込みの側面もあります。
たとえば、私には8歳の娘がいるのですが、その子に「ずっと家にいないさいよ、お父さんとお母さんがずっと幸せにしてあげるよ」って言ったとします。これは嘘ですよね。だって、寿命だけ考えれば娘より先に親が死にますし、いつ事故に遭って両親がいなくなるかもわかりません。いつ親がいなくなってもいいように、必要なことは身に付けてもらう。このような厳しさも兼ね備えているのが本当の優しさではないでしょうか。
企業に置き換えて考えると、「波風を立てず平穏に働いてくれたら、ずっと雇い続けるよ」と社長が言うのは嘘ですよね。今の時代に何百年も続くような企業はありませんから。「うちの会社はいつ潰れてもおかしくない」と入社式で言ってのけるような社長がいる企業のほうが、私は誠実だと思います。
―― 民岡さん、「リスキリング、あなたの認識で大丈夫?」という問いに対しては、どのようにお考えですか。
民岡さん
そもそもリスキリングとは、持っているスキルをアップデートしたり、入れ替えたり、付け加えたりすることを意味します。ということは、持っているスキルを可視化することから始めなければなりません。
まずは、従業員のスキルを可視化すること。そして、各役割に求められるスキルを定義すること。この2つが揃わなければ、リスキリングは進みません。なぜなら、スタートとゴールがわからないからです。
自分が持っているスキルと持っていないスキルの差分を埋めるのがリスキリングです。そこを理解していなければ、人的資本開示のレポートの中に、リスキリングというタイトルをつけないほうがよいです。
タイトルに「リスキリング」とあるのに、その中身は「学び放題の制度を整えた」という内容だったりする。これは、わかる人が見たらすぐにリスキリングではないとわかります。そうすると、出さないほうがよかったということにもなりかねません。このような場合は、「リスキリング」という言葉を使うのではなく、「福利厚生の一環」と表現したほうが適切です。
―― 民岡さん、「ISO 30414認証、本当に価値があるの?」という問いに対しては、どのようにお考えですか。
民岡さん
上の図でISO 30414認証は④にあたるのですが、きつい人的資本開示が要求されます。やるべきことをやって取得していれば、価値はあります。ただ、前段をとばして、いきなり④を目指す企業もあります。
たとえば、予備校の先生が生徒を最短ルートで志望校に合格させる。それ自体は悪いことではないし、受かった人がいるならそれも1つの成果です。これと近い現象が日本で起きていて、ISO 30414の認証を取得している企業数は日本が圧倒的に多いんです。でも、それが素晴らしいことかというと必ずしもそうではありません。
ある部分の割合を満たしていれば取れるといった、うまい抜け道を通って、というと言い過ぎですが、手軽にやりやすいところをうまくこなして取得している企業もあるんですね。本当は、①に書いているようなスキルを中心とした整備が大事なのに、そこをとばしていきなり④を目指す。それをリードコンサルがあおる。そんなことが起こっています。わかる人が見ると、形だけ繕って認証だけ取ったなと見透かされます。
―― 本質が大事だということが、伝わってきます。中島さん、桶谷さんは、どのようにお考えですか。
中島さん
ここ数年で多くの企業が人的資本レポートを開示されましたが、そのレポートの中身は本当に多種多様です。中には、ISO 30414認証取得のために提出しましたと言わんばかりのデータブックのようなレポートもあります。一方で、戦略から施策までをストーリーとしてまとめている素晴らしいレポートもあります。民岡さんのお話を聞いて、ISO 30414を取得する目的、人的資本レポートを作成する目的を各社改めて考えることが大事だと思いました。
桶谷さん
そうですね。企業として何を目指しているのか、どんな課題があるのかといったストーリーを組み立てたうえで、関連する指標を開示する。そして、よくない数字があったとしても、そこに対して「私たちはどのように考え、どうアクションするのか」といったメッセージを伝えていくことが大事なんだろうなと思います。
【まとめ】
これからの人材マネジメントにおいては、「どこでも活躍できるようになる」といった社員側のキャリア自律と、それを支援する企業側の仕組みが大事です。企業は、社員が外に出て行くことを恐れず積極的に支援する。そうすることで、結果的にキャリア自律した人材に選ばれる企業になっていくのではないでしょうか。
ライター コクブサトシ @uraraka_sato
meetALIVE プロデューサー 森脇匡紀 @moriwaking
meetALIVE コミュニティマネージャー 佐藤志保 @shiihoosaatoo
写真:集合写真家 武市真拓
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