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海  1

海の近くのその場所で過ごしたのは、たった二日間だけだったけれど、私にとっては生涯忘れられない想い出となる。

その場所の離れにある小さな小屋は朽ちかけ、本家となる二階建ての大きな家は木造で潮風に当たり、一見住めるような場所には見えなかった。

本家の奥の部屋、北側の小さな物置で彼女は一人きりで亡くなった。

身よりもなく、友達もなく、どうしようもない時に彼女の机の中から私の手紙が出てきたと書かれた葉書が、私の実家に送られてきたのだ。

彼女は昔の文通相手だった。
申し訳ないが、私の方は彼女との手紙を随分前に捨ててしまっていた。
文通していた期間も数ヶ月ほどで、当時流行っていた雑誌の文通相手募集中のコーナーに投稿したのがきっかけだった。
今思うと、世の中すべてを信用していた自分の行動が恥ずかしいとも思えるが、あの頃は今よりも人が人らしかったのだと思うことにする。

葉書には電話番号が書かれていて、私はすぐにその番号に電話した。

電話に出たのは、役所の人間だった。手紙をどうするか聞かれたので、私はしばらく迷ったのち、取りに行くと伝えた。

私の住んでいる街には海がない。彼女との手紙のやりとりで彼女が海の近くに住んでいることは知っていた。
「いつか会いに行くね」
そう手紙にも書いたと思う。

朝早くに起きると、外は蝉の鳴き声で賑わっている。私は前日に用意したリュックと小さなキャリーケースを引きずりながら、彼女の住んでいた街へ向かうために始発の電車に乗り込んだ。


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