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そうして今日も人生は、 【感想】フレンチ・ディスパッチ

 何かよくわからないけど好きだと思うもの、が偶にあってもいい。寧ろ最近私に足りてなかったのは、そういう"何か"なのかもしれない。そんなことを考えた作品だった。

 昔から群像劇やグランドホテル系統の作品が好きで、いつだったか映画一本分くらいの空き時間ができた休日に「グランドホテル おすすめ」で検索をかけたことがある。これがグランドブダペストホテル、そしてウェスアンダーソン作品との出会いだった。当時も今も映画に関する知見は全く持ち合わせていないが、それでもあの形容し難い甘くて苦いピンクがとても印象的で、以降今日に至るまで私の中で「好き」に分類されている作品である。そんなウェスアンダーソンの新作が公開されるらしい、偶然見かけたフライヤーがお洒落だった、ちょうど今週末なら時間が取れそう、一生懸命かき集めても片手で掬えるくらいのささやかな理由で公開翌日のチケットを取った。

 今回の舞台は出版社。名物編集長の急死により次号での廃刊が決定した雑誌『フレンチ・ディスパッチ』。クセつよな記者たちが最後に寄稿する「記事」4編によって綴られる108分間。これが本作の基本的な構成だ。いわゆる群像劇は、"一見なんの関係もないと思われたストーリーが最後には見事に繋がって一つの作品となる"というのが定石だが、今回はそれぞれのストーリーに関連性は全くない。色彩も、世界観も、テーマも何もかもが違う。画角もワイドだったりスクエアだったり、時にはアニメやモノクロになってみたり。インスタみたいな瞬間もあれば、無声映画のような重厚感もやってくる。そんな全く関連性のないショートフィルムたちが、この雑誌が長きに渡って愛されていた理由や編集長の懐の深さを物語っている気がした。まさに少しずつページを捲っていくような108分間だった。

 いびつだからこそ人生は鮮やかで、不完全だからこそ人間は美しい。ロマンスから大捕物まで個性豊かなストーリーが展開されるが、その何処にも完璧なる幸せも、また同じように完全なる不幸もなかった。
 「結局、人生って続くんだよな〜」そんな、何の答えにもならない漠然とした感想を抱えて席を立つ。きっと当事者の立場だったらこれはさぞかし辛いだろうという展開でも、輝かしい人生のクライマックスでも、ページはいつも淡々と進む。カラーになったりモノクロになったり、時にはスクエアで鮮やかに切り取られたり、そんなことを繰り返しながら。生を終えた編集長に捧げられた、続く人生の物語。
 多分こんな劇的なイベントは起こらないであろう私の物語も、他の誰かから見たら一編くらいの価値はあるのだろうか。
 
 帰り道、ふわふわと泡のように浮かんでは弾けていく取り留めもない言葉をスマホのメモに残す。意味や意図を読み解くことに、全ての文化に唯一解があるという前提を課すブームに、知らず知らずのうちに全力で乗っかっていた自分に気づかされる。もちろん知識と読解力が圧倒的に足りていないのも事実。年相応の知見を身につけることは大きな課題だ。
 でもなんとなく可愛くて、なんだか素敵な時間を過ごせたかもしれない満足感があって、何かよくわからないけど好きだと思える。そういう時間も今年は大切にしていきたい。

 「来世はレア・セドゥになりたいな〜」と思いながら、空っぽになったポップコーンバケツとカフェラテのカップをゴミ箱に捨てた。そうして今日も人生は続く。

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