メディカルノートのプラットフォーム戦略~なぜ患者向けの医療領域であえて“メディア”からスタートしたのか~
プラットフォームへの布石
――創業から振り返ってみて、メディカルノートはどのように変化してきたと感じますか?
井上:もともとメディカルノートの創業理念は情報へのアクセス改善によって、“医師と患者をつなぐ”ことにありました。当時からインターネット上の医療情報は、まさに玉石混交。患者さんはどれが信頼できる情報なのか分からず、医療に迷ってしまっていたのです。
そうしたなか、我々が2015年にリリースした「Medical Note」は、臨床の最前線で活躍するKOL(Key Opinion Leader:医療業界の権威)や専門家に協力いただくことで、コンテンツの信頼性を担保し、今日ではYahoo!検索やGoogle検索において主要な疾患名などを検索した際、メディカルノートのコンテンツが優先的に表示されるようになっております。
今や誰もが医療的な課題を持つ度に、ネットで情報収集を行う時代です。こうした連携を実現できたことは、我々のプラットフォームがこの領域のトップポジションをとっていることの証だといえるのではないでしょうか。
小林:医療情報を提供するプラットフォームとしての完成が見えたからこそ、これからいっそう注力していきたいのは、医療情報だけでなく、医療そのものへのアクセス改善ですよね。
梅田:メディアという切り口でプラットフォームの開発を始めたのも、そこが狙いでした。社会保障費が増大していくなか、従来の医療制度の見直しは避けて通れない。多様な変化が予測されるなかで、医療はより患者さんを中心としたサービスとなっていくことは明らかでした。
医師という専門家の意見を尊重しつつ、患者さんが今まで以上に主体的に医療を選択する時代がやってくる。それを見越したとき、あるいはそうした状態により早く変わっていくためには、医療情報の民主化が必要だと考えました。
井上:実際にMedical Noteを通じて患者さんが行動変容するケースがみられるようになったときは嬉しかったですね。特に、症例が少ないために明確な診断を得られず適切な治療を受けられなかった希少疾患の患者さんが、Medical Noteを通じて病状に合った病院・医師・薬に出合えていることは我々の大きな提供価値だと感じています。
医療がより患者さんを中心としたものになっている背景には、ゲノム医療などテクノロジーの進歩が個別化医療や疾患概念を細分化していることもあります。そうした個別化が進むなかでは、より医療はデジタルと相性がよくなっているといえるのではないでしょうか。
――お話いただいたように、創業初期は医療情報の発信に焦点を当てた事業開発を行ってきました。今でも事業の中心はメディアなのでしょうか?
小林:外から見たときにメディアとしての印象が強いのは事実だと思います。一方で、創業の頃から本質的には“情報発信”というよりは“医療へのアクセス改善”を目的としてきたからこそ、この数年は多様なサービスを開発してきました。
――プラットフォーム化を明確に戦略として公表しはじめたのはいつごろでしょうか?
梅田:Yahoo!検索との連携がスタートしたころです。大手検索エンジンとパートナーシップを結べるぐらいに、医療情報の課題に取り組むプレイヤーとして一定の認知を得られたという実感がありました。次のサービス開発に移るタイミングが来たのです。
もちろん当初からメディアを介して病院や医療関連企業のマーケティングを支援するサービスなども立ち上げていますが、やはり患者さんにもっと具体的な価値を提供したいという思いが日増しに強くなっていきました。
対象とするのは現在進行形で病気と闘う患者さんだけではありません。医療は誰しもが受けるサービスであり、長く付き合うサービス。ライフタイムバリューがもっとも求められる領域です。そう考えたとき、医療情報だけでなく、病院や医師への仲介だけでなく、さらにその先のジャーニーまでカバーするサービスでありたいと考えています。
医療情報を届けるメディアであるということは、今後もメディカルノートの大事な側面であり続けると思いますが、事業範囲をそこにとどめていては、これ以上の発展も社会への提供価値を最大化させることもできないと思っています。
コロナ禍で加速した医療のDX
――新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて、医療に対する人々の考え方は大きく変わったと思います。メディカルノートにとってはどのような変化がありましたか?
小林:オンライン診療の規制緩和が起こったことが何より大きな変化でしょう。中国では、「平安好医生(=Ping An Good Doctor)」、アメリカでは「Amazon Care」などが推進してきたトレンドです。
ただ、オンライン診療の規制が緩和されたからといって、「平安好医生」と同じようなシステムが日本で求められるとは思っていません。
日本の医療を取り巻く環境は中国とは異なっていて、デジタル化を進めるうえでもまったく異なるアプローチが必要だと考えています。
メディカルノートは、既存の病院やクリニックがオンライン診療を簡易に導入できるようなSaaSサービスの開発を進めました。
日本には、かかりつけ医制度というものがあります。普段から直接診療をしてもらっている医師にオンラインでも対応してもらえるという点は非常に重要なポイントです。いくつかのクリニックに対してはSaaSを提供するだけでなく、医療サービスのDXそのものを支援し、一緒に新しい医療体験の創出を目指しています。
24時間オンライン診療を受診できるようにしたり、低用量ピルやAGA薬などの自費診療とオンライン診療を組み合わせたりと、多様な事例を創出しています。
2022年の4月からは、院内処方が可能なクリニックと外部のデリバリーサービスを紐づけることで、オンライン診療後に薬を30分程度で配送するという実証実験を開始しました。地域のかかりつけ医の価値をデジタルで高める可能性があるとみています。
梅田:医療へのアクセシビリティを改善するという点で、日本の医療業界にもデジタルの波が来ているのだと思います。しかし、医療DXの本質は、患者が自身のPHRをデジタルで管理できるようにすることです。
患者中心の医療へシフトしていくことで、オンライン診療を活用する幅も広がっていくでしょう。診療だけでなく、医療サービス全体がよりバーチャルな体験になっていくと思っています。
日本最大級医療プラットフォームへ
――新しい医療のプラットフォームを目指すにあたっての今後の基本戦略はどのようなものでしょうか?
梅田:メディカルノートは1つのプラットフォームを作ろうとしているわけではありません。先程小林からもいくつかの事例が上がったように、日本の医療をデジタル化するには、ユーザー視点で最適化された事業・プロダクト開発が必要だと思っています。
たとえば、慢性的な病気を抱える患者さんのためのプラットフォームと女性特有の健康課題にアプローチするプラットフォームは、求められる機能やコンテンツがまったく異なります。リアルな課題がファーストタッチのきっかけになるからこそ、具体的なシーンをイメージして、真摯に利便性を提供していく必要があると考えています。
こうしたプラットフォーム開発ができるのは、Medical Noteを通じて大量のトラフィックを得られているからこそです。トラフィックから得られるデータを蓄積し活用していくことが、我々の価値発揮のポイントとなるでしょう。
――患者さんの検索行動を起点とするサービス以外のアプローチもあり得るのでしょうか?
小林:最近リリースした「Medical Note Coworker」もそうした取り組みの1つで、企業が従業員の健康に対し積極的に支援する動きが広がるなか、その支援領域を医療サービスにまで広げることを目的としています。
日本の医療費の構造がどんどん厳しい状況になるなかで、社会保障としての医療費は今後も絞られていきます。そういったなかで、あくまで従業員の健康状況を企業からのアプローチで維持・改善することで、企業側は人財投資の効率性を高めることができるし、日本全体の健康水準も引き上げられていきます。
これまで日本は、世界一医療サービスを受けるハードルが低い福祉国家でした。しかし、今後、個人が受けられる医療の質が下がったり、機会が減ったりする可能性は否めません。そこを弊社のサービスを通して、むしろ引き上げることができたならとても社会的な意義が高い取り組みになると思っています。
これまでのメディカルノートも、医療課題を持って検索しているユーザーという非常に事業としても価値の高いユーザーと向き合ってきましたが、今後はさらにオンラインの診療歴、日常的な医療・健康行動、企業の法定健診などを通した健診データなど、さらに価値の高いデータが蓄積されていくことで、事業としての展開もさらに大きく広げていけるのではと期待しています。
井上:
一人ひとりの患者さんに向き合い、その体験を変えていく。情報だけでなく適切な治療に辿りつけるようにする。メディカルノートがそうしたフェーズに入りつつあることを本当に喜ばしく思います。これからが本当の挑戦です。これからの事業開発は、真に日本の医療業界を産業界から変えていく取り組みとなるでしょう。
DXすることが本当に難しい領域ですが、医療系企業、自治体、病院など思いを同じくするパートナーを増やし、共創してきたことがメディカルノート最大の強み。人の命に直結する社会課題に対し同じ思いで取り組める仲間をさらに募って、この勢いを加速させていきたいと思います。