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【医療物資のドローン物流】 救急車より早い救急ドローン(AED搬送ドローン)

『【医療物資のドローン物流】コロナ禍で加速したドローンによる医療サプライチェーン変革』[序章][機体篇]でドローンデリバリーによる医療物資のサプライチェーン変革を見てきた。本稿では[救急ドローン篇]として医療分野におけるドローン活用の切っ掛けとなった救命救急でのドローンによるAEDの緊急搬送研究を概観する。(尚、本稿では「AED搬送ドローン」を便宜的に「救急ドローン」と呼称することとする。)


突然の心停止

人が心停止に陥ったとき、脳死と死亡は僅か数分以内に起こる恐れがあり、病院外で発生した場合の生存率は極めて低い。EUでは年間80万人が突然の心停止に遭遇するが、そのうち生還できるのは僅か8%しかいない。

心停止から3分で脳死の恐れ

心停止では1分経過する毎に救命率は約10%低下する。心停止から3分で脳の損傷が発生し、8分経過すると救命の可能性は極めて低くなる。救命率を上げるためには心肺蘇生法とAED(自動体外式除細動器)を用いた迅速な一次救命処置(BLS)が重要であり、1秒でも早くAEDを現場に届ける必要がある。

心停止の7割が自宅で発生

病院で心停止が発生した場合は迅速な対応が可能だが、実際はそう都合よくいかない。心停止の約70%が自宅で発生し、バイスタンダーに発見してもらえたとしてもAEDがない場合がほとんどである。

AED搬送ドローンのアイデア

そこで、ドイツの社団法人Definetzは院外心停止(OHCA)患者へAEDを届けるためにドローンを使用するアイデアを思い付き、2013年にHEIGHT TECH社と共同でAED搬送ドローン「Defikopter」を開発する。

同時期、オランダのデルフト工科大学(TU Delft)産業デザイン工学部の学生だったAlec Momontは、院外心停止(OHCA)患者へ1分以内にAEDを届けるためのAED一体型ドローンのアイデアを思い付く。

Alec Momontにより卒業プログラムの一環として2014年に製作されたのがGPS測位方式のAED一体型ドローン「Ambulance Drone」(救急ドローン)プロトタイプである。これらがAED搬送ドローンの始まりとなる。

救急ドローンの研究

ドイツとオランダを皮切りにAED搬送ドローン(救急ドローン)はスウェーデン、カナダ、アメリカ、中国などで研究され、アメリカ心臓協会(American Heart Association)や欧州心臓病学会(European Society of Cardiology)などで報告されている。

救急ドローンは救急車より早い

いずれの研究結果でもAED搬送ドローンはEMS(救急隊)より早く現場に到着する傾向にあり、カロリンスカ研究所(Karolinska Institutet)の研究(査読論文)「Unmanned aerial vehicles (drones) in out-of-hospital-cardiac-arrest」(DOI: 10.1186/s13049-016-0313-5)によると都市部では平均1.5分、地方部では平均19分も時間を短縮できた。

救急ドローンは居合わせた人より早い

また、倒れている人を発見したバイスタンダーが近くのAEDを探して持って来る所要時間と緊急通報してドローンによるAED搬送の到着時間を比較したノースカロライナ大学チャペルヒル校(University of North Carolina at Chapel Hill)の研究(査読論文)「Drone Delivery of an Automated External Defibrillator」(DOI: 10.1056/NEJMc1915956)では、約3分から1分半ほどAED搬送ドローンの方が早く到着するという実験結果となった。

実際の緊急通報における出動実証

スウェーデンではカロリンスカ研究所(Karolinska Institutet)を中心に実際の緊急通報(112番救急通報)でEMS(救急隊)と同時にAED搬送ドローンを出動させるテスト本番と言える実証が行われた。

先月の『European Heart Journal』(Published: 26 August 2021)に掲載された最新研究(査読論文)「Automated external defibrillators delivered by drones to patients with suspected out-of-hospital cardiac arrest」(DOI: 10.1093/eurheartj/ehab498)によると、研究対象となった4箇月間においてOHCA(院外心停止)が疑われる患者の救急要請が53件あり、このうち12件では救急車に加えてAED搬送ドローンを出動させた。それ以外のケースでは飛行禁止区域や夜間暗闇、雨や強風など悪天候等が理由でAED搬送ドローンを出動させることができなかった。

AED搬送ドローンを出動させた12件のうちの11件で救急ドローンは現場到着に成功。64%のケースにおいてAED搬送ドローンは救急車よりも早く現場に到着し、時間差の中央値は1分52秒(IQR 01:35-04:54)だった。

さらに、61回のテストではAED搬送ドローンによる成功率は90%(55/61)に上昇した。

救急ドローン社会実装への課題

実際の緊急通報でAED搬送ドローンを出動させたカロリンスカ研究所による研究で明らかになった課題は大雑把に「①規制」「②機体性能」「③教育」の3つとなる。

「①規制」については世界的にドローン規制緩和・自由化の流れにあるが、特に緊急通報による救急ドローンに関する飛行禁止区域や夜間飛行規制などの緩和議論が煮詰まることを期待したい。

「②機体性能」についてカロリンスカ研究所Sofia Schierbeck教授は「by 2022 we should have drones capable of flying in darkness and in moderate rain. Longer battery life could increase the flight range and the number of inhabitants covered by one drone.」と述べているが、いずれも技術的に問題ないものばかりである。要求される性能を満たす技術は軍事グレードのドローン機体(UAV)であれば疾うに実用化されている。ドローンテクノロジーはデュアルユースが基本であり、むしろ民間転用にあたりどこまでコストを抑えられるかが課題となる。

「③教育」が今回判明した最も解決すべき課題と言える。実際の緊急通報でAED搬送ドローンが出動し、救急車より先着した全てのケースにおいてバイスタンダーが届いたAEDを使用することを躊躇したのだ。一次救命処置(BLS)の基礎知識と心構えという人への啓蒙・教育が結局のところ最後の砦なのかもしれない。

救急医療ドローンプラットフォーム

小_Emergency Medical Drone conceptのコピー

救命救急におけるAED搬送だけでなく、ドローンを使用して遠隔診療を行おうとするコネクテッドヘルス(connected health)の動きも存在する。そのひとつが私たちが取り組むドローンと診療前診断AI(人工知能)を活用した「救急医療ドローンプラットフォーム」(Emergency Medical Drone Platform)による「救急医療ドローン」(Emergency Medical Drone)である。

「救急医療ドローン」が実現すれば上述の「①規制」以外の課題は概ね解決されることになる。ドローンを活用した遠隔医療の可能性はフロンティアとして広がっている。

患者を搬送する「空飛ぶ救急車」

因みに、人(患者)を乗せて搬送する所謂「空飛ぶ救急車」と呼ばれる「救急搬送ドローン」(medevac drone)は既に開発されている。2人乗りのメディバックドローン(medevac drone)にはイスラエルのUrban Aeronautics傘下Tactical Robotics社が2018年に開発した「Cormorant」(ベース機体「AirMule」は2016年に開発)がある。

救急搬送ドローン

以前に属した団体で発表したように私たちの「救急医療ドローンプラットフォーム」でも4人乗りのメディバックドローン(空飛ぶ救急車)の社会実装を計画している。

【追記】救急ドローン社会実装

救急ドローン(AED搬送ドローン)はカロリンスカ研究所などと共同で研究・開発を行っていたEverdrone社によって実用化され、2021年秋冬にスウェーデンのVästra Götalandで社会実装された。同年12月9日には早くも院外心停止(OHCA)患者の救命に成功している。

続いて、2022年6月にはデンマークのオールボーで社会実装された。


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