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『どうしてわたしはあの子じゃないの』(寺地はるな著)を読了。

寺地はるな(著)『どうしてわたしはあの子じゃないの』を読み終えました。
第三章では、中学生時代の幼馴染が、30歳になって地元で再会します。
どこかにありそうな話ですが、描写と展開は、この作品にしかない物語となっています。

誰も他人と同じ人生を歩むことはできません。この世の中に、同じ物語は存在しないのです。

わたしが他の誰かになれないように、他の誰かもまたわたしにはなれない。残念だが、わたしはわたしを引き受けて生きていくしかなさそうだった。

寺地はるな(著)『どうしてわたしはあの子じゃないの』より

シェイクスピアの『ハムレット』には、人生は選択の連続であるという有名な台詞があります。

たまに考える。自分が「選ばなかった人生」というものについて。選べなかった人生、かもしれない。後悔しているわけではなく、ただどうであっただろう、と考える癖がついている。選ばずに済んでしまった人生についても、よく考える。

寺地はるな(著)『どうしてわたしはあの子じゃないの』より

いつ、どこで生まれるかは、自分で選択することはできません。
都会に生まれるか田舎に生まれるか、優しい両親の元に生まれるか暴力を振る両親の元に生まれるかは、選択することはできません。

生きていく上で選択は必要不可欠なことですが、生まれた環境によって選択できる範囲が大きく左右されます。
その切なさを感じさせられる物語でした。

そして、ぶつけた言葉は取り消せない、しかし言葉にしないとわからないこともあるという、人間関係の機微を、全体を通して表現されています。
一度選択した過去は、変えることはできないのです。

小説を読み進めている間、小説という別の世界で生きているもう一人の自分がいるような気がすることがあります。
パラレルワールドに移動したような感覚です。

小説を読むということは、選択しなかった場合のパラレルワールドに移動することに似ています。
そして、小説を読み終えた瞬間、現実の世界に引き戻され、二度と戻ることができません。
しかし、その体験は確実に自分の中に残り、現実世界での選択に影響を与え続けるのです。


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