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《短編小説》ディレクターズ・カット

 再生時間0:00。
 映像は、微笑ましい学芸会の一幕からスタートする。

 小さなシンデレラが、鐘の音に急かされながら走る。少し遅れて、王子役の男子が後を追う。ガラスの靴を落とす場面だ。

「おうじさま、こっちにこないで。どうか、わたしのことはわすれてください」

 たどたどしく台詞を読み上げる7歳のお姫様、佐村木美優。色素の薄い肌と髪に、ふわふわした水色のドレスがよく似合う。懸命に走るがドレスの裾を踏んで転んでしまい、どてっ、という音とともに客席から笑い声があがった。泣きっ面の美優が舞台袖に引っ込むと、ぽかんとしていた王子役が我に返る。

「な、なんてうつくしいひとなんだ。よし、あのひとをわたしのつまにむかえよう!」

 --ここで学芸会の映像は途切れ、「Film23 卒業式」というタイトルが表示される。

 体育館での式典を終え、卒業生とその父兄が教室に戻っているところだ。この小学校では、最後のホームルームは父兄の見守る中で行われる習わしなのだ。その道のりの途中から録画が始まり、一行は6年4組の教室に到着する。

 ホームルーム前のわずかな時間。席に着いておしゃべりする卒業生たちを、教室の後ろに並んだ保護者たちが見守る。級友との別れに涙する子もいれば、はしゃぐ子もいる。めいめいに最後のひとときを過ごす中、窓際の席で異彩を放つ子がいた。12歳の美優だ。

 シンデレラを演じた頃から身長は24cmも伸び、校庭を見下ろす横顔には思春期特有の繊細さが滲んでいる。父親が蒸発して7年。家庭環境もあって人より早く苦労を知った美優は、周りの小学6年生とはどこか違う少女性を宿していた。
 横顔が徐々にズームされていく。そのとき、カメラの近くから女性の声が聞こえた。

「あの、お向かいの杉山さんですよね? お子さんはいないと伺いましたが、どうしてここに--」

 録画はここで一旦途切れている。
 丁寧に編集したつもりだったが、雑音が入っていたようだ。あとでカットしよう。

 続いて、「Film94 センター街」。
 少し低い位置から撮られた渋谷センター街の風景が、浅く上下しながらゆっくりと進んでいく。カメラの先には常に2人組の少女がおり、距離的に会話は聞き取れないが仲睦まじそうな様子だ。

 流行りの伊達メガネをかけ、お母さんが誕生日祝いに買ってくれたワンピースを着ているのが17歳の美優。本当にきれいになったね。

 雑貨店の前で彼女たちは立ち止まり、カメラとの距離が徐々に縮まっていく。よく覚えてはいるものの、このとき漂ってきたシャンプーの匂いまでは再生できないのが口惜しい。

 ウィンドウショッピングを楽しんだ2人は109方面に向かい、録画は一旦途切れている。美優が髪を染めてあまり登校しなくなるのは、この数ヶ月後からだ。

 再生時間を示すバーが、かなり後半に差し掛かっている。最後のタイトルは「Film146 非常階段」。雑居ビルの非常階段を見下ろすように撮影した映像だ。非常階段は古ぼけていて薄暗いが、向こう側には繁華街のネオンが煌々と光っている。

 映像は一時停止したかのように動きがなかったが(ここもあとでカットしよう)、しばらくすると踊り場に面したドアから女性が出てきた。きらびやかな水色のドレスに身を包んだ、19歳の美優だ。踊り場の隅に立ち、ネオンの方に目をやりながらタバコに火を点ける。

 学芸会の舞台で、転んでむくれていた女の子。
 6年4組の教室で異彩を放っていた少女。
 その美しさは、もはや夜の街に沈み込んでしまった。
 まっさらな砂糖が、コーヒーに溶けてなくなるように。

 映像は続く。
 美優が2本目のタバコを吸い始めると、非常階段をゆっくりと下りる足音がだんだん大きくなる。黒ずくめの男が踊り場に到着すると、振り向いた美優の表情が一瞬で強張り、華奢な手からタバコが落ちた。

 黒ずくめの男が美優に迫っていく。
 美優が急いで非常階段を降りようとする。
 少し遅れて、黒ずくめの男が後を追う。
 階下へと降りた2人の姿は見えないが、足音がもつれ合うように踊り場から遠ざかっていく。

「いやっ、来ないで! 何で、いつも--」



--ピンポーン。



 クライマックスに割り込むとは、なんて無粋な奴だ。
 腹は立ったが一時停止ボタンを押し、念のためテレビを消す。玄関を開けてみると、警察官が2人立っていた。

「突然お邪魔してしまいすみません。××警察署の者です。周辺で不審者の情報が複数寄せられており、聞き込みを行っております」
「ご苦労様です。お力になれるかわかりませんが」
「杉山さん……のお宅ですよね。こちらに娘さんはいらっしゃいますか?」
「おりません」
「奥様はご在宅でしょうか」
「いえ。何年も前に離婚しまして、今は独り身です」
「そうですか、失礼しました。ちなみに杉山さん、カメラ類はお持ちですか?」
「いえ、機械には疎いもので」
「……わかりました。お時間を取らせてしまい申し訳ありません。些細なことでも構いませんので、何か情報がありましたら警察署までご連絡ください」

 危なかった。カメラを見られたら、私だけのコレクションが人目に触れてしまうところだった。しかし物騒なことだ。不審者や奇人変人の類に、可愛い美優が見つからないように守ってやらなくては。警察にもしっかりと職分を全うしてもらいたいものだ。

 --鍵を掛けて部屋に戻り、テレビをつける。
 一時停止していた映像を再生すると、揉み合う声や音は徐々に遠ざかり、はっきりとは聞き取れない。静けさを取り戻した踊り場には、シルバーのハイヒールが片方だけ落ちている。それはネオンの明かりを受け、まるでガラスの靴のようにきらめいていた。


【録画】【変人】【伊達メガネ】
ランダム単語ガチャ

夫も書いております。ぜひ併せてご覧ください。

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