論語と算盤(4)思わず納得、人物の観察法
渋沢栄一は、「門戸開放主義」を抱え、晩年になっても多くの人と接しながら、国家の繁栄に寄与できないかと日々活動されたそうです。
飛鳥山(現在の東京都北区)の私邸には、朝6時から多くの人が面談を求めて列をなしていたそうです。(もちろん、いろんな人がいたようで、中には個人的な陳情も多かったそうですが)
今回は、人物の観察法(第1章「処世と信条」)についてご案内します。
私も、これを読んだとき「確かに。。。」と思ってしまいました。輪読会でも、印象に残ったとお話しをする方も少なくありません。面接の時などにも応用できるかもしれませんね。
この本の中で、第一印象や瞳(澄んでいるか)を見て判断するということを前置きで紹介しています。が、やはり、それだけでは不十分だと。
そこで論語の一節を紹介しています。
「その人の振る舞いを見て(視)、
なぜそんなことをするのかを考え(観)、
どうしたらその人を満足するのかを考えれば(察)、
人間性というものは、わかるものだ」
これは、三段階(視観察)で人を見極めていることを表しています。
振舞い(視)は肉眼で視えていることで、まず、そこで善し悪しを判断する。
しかし、その動機(観)を心眼を開いてさらに観察し、
さらに、どんな時に心が安らぐか(察)を推察してみるとあります。
そうすることで、隠そうとしていることもひっくるめて人物像が出てくるということですね。
私も、この学校で多くのビジネスパーソンの方々とご一緒しますが、言われてみると、心が安らぐか(休日の過ごし方など)は、人となりが良く表れていると思います。
皆から恐れられている役員の方が、花や植物を愛でたりされることを聴いたりすると、思わず「いいな」と思います。
私は、他者への貢献も強いインパクトになると感じました。お休みの日に子供たちにスポーツを教えたりする方やボランティア活動をしている方もいらっしゃいます。そんな話をされている時の笑顔は素敵ですし、こちらも聴いていて「ほっこり」するし、何より応援したくなりますよね。
「視」「観」「察」の切り口、特に「察」については、とても考えさせられました。