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欧州メディカルライターのAIへの考え方

2023年9月、欧州メディカルライター協会(European Medical Writers Association:EMWA)はその季刊誌で、人工知能(Artificial Intelligence)と機械学習(Machine Learning)の特集号を発行しています。今回は、その特集号の内容についてまとめたいと思います。この季刊誌は以下の場所に掲載されています。


メディカルライティングにおけるAIの使用状況

このEMWAの雑誌がAIの特集号を発行した理由は、すでに製薬企業は医薬品開発の様々な業務でAIを使用しており、メディカルライターもAIを理解し仕事に活用していく必要があると、EMWAが協会として考えたためのようです。

すでに、メディカルライターの仕事には一定の割合でAIが使用されていることが多いようです。分野は治験実施計画書、治験総括報告書、症例報告の経過文など治験関連文書をはじめ、マーケティング資料など、様々な用途にAIを使用したライティングツールが使用されています。

驚いたのは、AIを使用したオートメーションや英文ライティングツールの多様さで、この特集号に名前が出ていたものは、avasis,、DistillerSR、Fern.ai、MedBoard、Nested Knowledge、Quillbot、Wordtune、ChatPDF、scite、SciSpace、Elicit、ResearchRabbit、Scholarcy、Genei、Jasper AI、Copy.Ai、Ferma ai、BioGPT、TriloDocsなどがあり、用途は医薬品申請文書、論文検索や要約、マーケティング資料作成と多岐にわたります

また、これらの多くのライティングツールは、大規模言語モデル(ChatGPTなど)を使用しており、インドのIT企業が開発したものが多いようです。英語のライティングに関しては、AIツールが数えきれないほど生み出されており(毎週増えているようです)、インターネット上にある様々な文章も、100%人間が書いたものかどうかはもう判断できない状況なのではないかと思います。

全体的な考え方

このような状況下、この特集号ではメディカルライティングにおけるAIの使用について、様々な記事が掲載されていました。そして、著者や編集者の全体的な考え方としては、「AIによって仕事が変わっていくことは避けられないことなので、AIを活用し、より高品質な文書をより効率的に作成していきましょう」というものでした。

FDAのAIに関するディスカッションペーパーでも、AIを活用することで、安全で有効性の高い薬をより早く患者に届けることを目標としていました。この点でメディカルライターの考え方は製薬企業や規制当局の考え方に沿ったものであると思います。

医薬翻訳者から見習う

メディカルライターのAIに対する考え方で面白かったものが、「翻訳者の仕事はAI化が進んでおり、仕事に取り組む姿勢は翻訳者を見習ってみましょう」というものでした。その中では、翻訳の仕事は最近AI翻訳のポストエディットが増えており、生産性を上げるためにAIツールや翻訳メモリを使用することが求められていると述べられています。一方で、一部の翻訳者はAIでは難しいよりニッチな分野を専門としたり、医薬翻訳でもマーケティング資料など、よりクリエイティブな翻訳が要求される分野の仕事を行っているとも述べられています。やはり医薬分野の翻訳では、トランスクリエーションなど、翻訳+αがないと、人手の翻訳は今後メインストリームではなくなっていくのかもしれません。

AIと人間のコンビネーション

このEMWAのAIに関する特集号では、「AIによって人間の仕事が置き換わるのではないか」というメディカルライターの不安を理解しつつ、全体としてはAIを有効活用することで仕事の精度と生産性を上げていきましょうという内容で結論付けています。この中で、現在のChatGPTなどの大規模言語モデルは優れた「言語の計算機(word calculator)」であり、ツールに過ぎないことを述べています。有効活用できるかどうかは、あくまでライターの資質・考え方にかかっており、EMWAとしてはAIによる仕事の変化をポジティブに捉え、仕事に取り入れていくことを勧めています。

この、「AIによる人間の仕事の置き換え」については、メディカルライターをはじめとするライターだけでなく、翻訳者、プログラマー、データサイエンティスト、その他のあらゆるクリエイターが心配している点だと思います。この点について、PayPalの共同創業者であり、ChatGPTをリリースしたOpenAIの共同出資者でもある投資家のピーター・ティール氏は、AIに関する考え方として以下のように述べています。

AIはどのような役割を担うのだろう?人間は仕事を奪われるのだろうか? ~(中略)~
コンピュータとアルゴリズムはそれぞれ固有の強みがあるが、それは人間も同じだ。両者の協力、つまり人間とマシンの協業は、優れた結果を生む。

ピーター・ティール 世界を手にした「反逆の起業家」の野望
(著:トーマス・ラッポルト、訳:赤坂桃子)P284

「AIが人を置き換えるか?」という問題については、OpenAIへの出資者としてよく聞かれるようで、ピーター・ティールは2015年の来日時にも以下のように述べており、あくまで人間とAIのコンビネーションの重要性を強調しています。

「AIが人に取って代わる」という考えには賛同できません。AIと人が補完しあう、そのコンビネーションこそが重要なのです。

ピーター・ティールが、日本の学生に語った10のこと
https://wired.jp/2015/03/06/peter-thiel-startup/

今回は、医薬翻訳のお隣の仕事であり、同じくAIの影響を大きく受ける可能性のあるメディカルライターの状況についてまとめました。製薬業界は、製薬企業も、規制当局も、メディカルライターもAIを使用して新しい薬を早く患者に届けるというコンセンサスを持っているようです。私も医薬分野の翻訳者ですので、この流れはよく理解しておきたいと思います。

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