ラクニコ道をゆく
西順一郎先生が開発した経営と会計を学べるゲームについて思ったことをそのまま書いています。
読書の備忘録としてあげています。
【ポテトチップ好きな人は見ないようにお願いします】 先日久しぶりにポテトチップを夜1人で食べた。 コンビニで買った小さめの袋のやつ。 次の日、目が大きく開かなかった。 普段の50%くらいしか開かなかった。 沖縄の家に帰って、そのことを旦那さんに言うと なんと彼も同じ日に何年かぶりにポテトチップを食べて、目が大きく開かない現象があったというので面白かった。 私はのり塩で、彼はコンソメだったらしいが。 (どうでもいい笑) 私の場合は、心がザワザワしている時ほど、ジャ
やることやっててうまくいかない時って ケチか、人の気持ちがわからないか じゃないかと思ったけど よーく考えてみたら ケチは人の気持ちがわからないし 人の気持ちがわからないとケチになるし どっちも一緒だという結論に辿り着いた。 ニワトリか卵かみたいな。 なんかうまくもうけたなと思ったら そのあと大変なことが起きたりするもので。 損得感情が強いといろいろ大変そう。 損得よりも循環がいいと思う。 尊徳までいけばいいはずだけど。 それこそが循環かな。 ケチもお金のケチ
先日、沖縄の義母が88歳の誕生日を迎えました。 3年前に義父がなくなって、とても仲の良い二人だったのでどうなることかとちょっと心配もしたけど、たくましく生きていてくれて嬉しいです。 足腰が弱くなったり、痛いところがあったり、食欲もそこまでじゃなかったりしていても、頭もしっかりしているし、自宅でちゃんと自活していてありがたいことこの上なし。 お誕生日のお祝いに一緒にお食事をしてきました。 私 「元気で長生きの秘訣ってなんですか?」 義母「それが全然わからないのよねー。」
機嫌ネタが多くてすみません。 先日読んだ岸田ひろ実著 「人生、山あり谷あり家族あり」の中で なるほど〜!ってなったお話。 障害のある息子さんへの対応で学んだことの中に 「叱らない。 叱るよりも、機嫌のいいときにしてほしいこと、やっちゃいけないことを伝えること」 という言葉があってすごく腑に落ちた。 お互いの関係性で叱ることもありな場合はあるけど、できるならば、お互い機嫌がいい時に伝え合うことの方がよりいい。 どんな人でも、叱られている時の状態がすごい機嫌がい
自分勝手な人好きですか? (嫌いな人が多いと思うけど) 自分勝手な人を許せないのは 自分が自分勝手だから。 自分勝手な自分を許してないから。 自分勝手を押さえ込んでるから。 自分勝手なのを隠しているから。 だから自分勝手な人を見ると腹が立つ。 人のことなのに腹が立つのは 自分の中にそれがあるから。 自分の中にないものは腹も立たない。 腹が立つと自分の中にある 隠れたものを教えてくれる。 目の前の人は、それを教えてくれる役割で やってくださっているありがたい
ストレスに悩まされてる人多し。 ストレスゼロという人はいないでしょー。 いたとしたらそれは違う意味でやばい!(笑) ストレスがあったとしても それにひどく悩まされないことはできる。 ストレスを溜めない方法を3つ提案する。 ①人のせいにしない 人のせいにすると楽なようで実は楽じゃない。 人を自分の思うように動かすことは無理。 自分のせいにした方が 自分で変えられるから楽。 50も過ぎれば、人のせいなことも 自分のせいにしてもいいくらい。 ② 変えられないことは
不幸なことが起きた時、 それを自分を注目させるネタにしていると 痛い目にあうなーと思う。 注目されたい自分が喜んじゃうやつ。 不幸ネタしかないのはヤバい! 問題が次々とやって来る。 注目されたいからどんどんやってくる。 人はいいネタよりも悪いネタに反応しやすい。 人の不幸は蜜の味的な人も 心配性な人も。 サラッと流せない。 だから注目してしまう。 注目されたい人は、目的が果たせる。 いいネタで注目されたらいいのにね。 または面白いネタで。 不幸というネタ
正義感なんてもうとっくに手放してると思っていたら、奥深くにしっかり眠ってるめっちゃ強いやつがいた。 ある日の夜中娘から電話が入り、「もう、嫌だー」って泣いていて、よくよく聞いたら、正義感からくる怒りとやるせなさだった。 不思議なもので、その時私が抱えていたのも表面的な違いはあるけど、まさにそれであることに気づいた。 正義感で正論を振りかざす。そういう戦いに挑む母娘。直接戦ってはいないのだけど。 正論で人は動かない。 親子というのはつながっているものだなーと あらため
私は自然体の人が好きで 私もわりと自然体な方だと思う。たぶん。 昔よりずっと自然体で生きられるようになった 自覚もある。 自己研鑽の賜物なんじゃないかな。と思った。 自己理解という名の自己研鑽なんだけど。 頑張ってやったわけじゃなくて好奇心からだけど。 自己理解して、自己研鑽して、どうしたのかと思うと、自分を知って、完全にダメなところも知って、自分に降参しているところがある。 だってもうこれが自分なんだもん。 この自分で生きるしかないんだもん。 今世はこの自分で生き
人に笑われたくない人、手をあげて! きっと多くの人が手をあげると思う。 人に笑われたくないとか 人に笑われたときバカにされてるとか思っちゃうと 窮屈な人生になるように思う。 人に笑われるのはいいことだという 思い込みをもつと 窮屈な人生を卒業できるように思う。 人を笑わせるってなかなか高度だし。 知らないところで笑ってもらえるなんて 離れたところでも 幸せに貢献しているんだからすごいこと。 だから遠慮なく人に笑われよう(笑)
機嫌をとらせないのがいいリーダーだと思うと 先日書いたけど あらためて考えてみると 機嫌をとらせないのは必須項目だと思う。 その一方で不機嫌に負けない心を 持つことも大切だと思う。 周りの人の不機嫌に反応しない心。 ザワザワしない心。 ザワザワしたとしても自分を失わない心。 相手が不機嫌だから 不機嫌になるのはやめておきたい。 不機嫌合戦みたいなことになるから。 美しくない。 不機嫌な人には構わない方がいいと私は思う。 そうでないと、人は不機嫌を武器にすることを
「人は勝手なイキモノ」だと思ってる。 それは自分が勝手なイキモノだし それをまあまあ許して生きているからだけど。 あくまでまあまあ。 人のことを考えるとき それはそれは自分勝手に考えるものだと思う。 その人がどんな状態にあるか その状態をどう思っているかなんて計り知れないし それでも理解はしたいなら想像はしてみる。 相手の視点をもつ。 相手の目線で想像はしたうえで、これはあくまで自分の見解でしかないと認識する。 だから、人は自分のことをどうこういったとしても、「
どんな人と一緒にいたいかといえば その人と一緒にいる時の自分のことが 好きでいられる人と一緒にいたいと思う。 その人といる時の自分が 意地悪になってしまったりして 自分を好きになれない関係性の人と 無理に一緒にいたくはない。 自分が嫌な人間になっていきそうで そんな自分が嫌なので出来る限り フェードアウトする。 その人を笑顔にしてあげたい人と 一緒にいたいた思う。 自分を笑顔にしてくれる人と 一緒にいたいと思う。 バイバイした後もなんかあったかい余韻が残るようなそん
感性のいい人と共にいたいと思っている。 感性って大事だなーと思うから。 そこを閉じてしまったら 生きる価値がないくらいに。 だから、いつも感性という扉を 開いておきたいと思ってる。 もちろん変なところでは開けないように。 自動扉じゃなくて、手動の扉にしておく。 ある人が言っていた。 心の扉は観音開きで内側から鍵がかかっていて 内側に開く扉。 だから、人が開けてはくれない。人は外から叩いたり声をかけたりするだけ。 自分で鍵を開けて、内側に一歩下がらないとその扉
心穏やかになれない時ってある。 そもそも心穏やかなのがデフォルトなはずだけど、そうでない人はそれが好きならそれでいいのだけど。 普段が心穏やかに過ごせていると、心穏やかでない時はザワザワする。←当たり前に。 そんな時の私の過ごし方を5つ紹介する。 ①1人になる。 ↑ 人と一緒にいると気を遣ったりして自分の状態がわからない。下手すると攻撃的にもなるから1人でいる。逆に攻撃力が必要な時は、穏やかでない方が良いとも言える。 ②朝散歩をする。ちょっと長めに。 ↑ セロトニン
「機嫌をとらせない」のがいいリーダーだと思う。(当社比) リーダーが機嫌が悪いと、悪い影響力が大きい。 機嫌取りをしていると、大切な仕事が手につかない。 機嫌取りをしなくても、機嫌が悪い人がいるだけでパフォーマンスが下がる。 いつもご機嫌なリーダーなら、自分のやりたいこと、やるべきことを思いっきりできる。 だから、リーダーは機嫌がいいのがいい。 機嫌がいいのがデフォルトなら、たまに不機嫌なくらいは許されるかも。 リーダーって言ったけど、家庭ではお母さんが機嫌がい