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「かしわ肉って何?」

 子供の頃は、普通に耳にしていた言葉です。

 「かしわの骨付き」「かしわの水炊き」。

 これらは、食卓でお馴染みの言葉でしたが、進学のために上京してのち、その呼び名が、全国区でないことを知りました。

 東京で生まれ育った女子に、料理の腕自慢をしようと「かしわの水炊き」を提案したときでした。

 「かしわって何?」
 「え? 知らないの?」
 「うん、知らない。何?」
 「ほんとに知らないの? 鶏肉のことだけど」
 「へぇ~、初めて聞いたよ」
 「そういえば、鹿児島を離れてから聞かないなぁ。これってローカルな呼び方だったのかぁ」
 「でも、『とりにく』より『かしわ』のほうが素敵だわね」

 通じない呼び方を使っても仕方がないので、以後「かしわ」という呼び名も使わなくなり、次第に意識の底に押しやられて行きました。

 その後、長い歳月を経てUターン。我が家に戻って、久々に母の口から「かしわ」という言葉が発せられるのを聞いて、

 「あぁ、ふるさとに帰ってきたんだなぁ」

 と、一瞬子供時代に帰ったような懐かしさを覚えました。

 同じように、「仕舞う」を「なおす」、「掃く」を「はわく」などの方言にも「ふるさと」を感じたものです。

 鶏肉と「かしわ」と呼ぶのは、現在では西日本に限られているようですが、調べてみると、鶏肉がアメリカ発祥の白いニワトリの肉を指すのに対し、かしわ肉は日本在来種の茶色いニワトリの肉を指していて、以前はかしわという呼び方が全国的に使用されていたとのこと。ブロイラーが主流になるにつれ、徐々に使用されなくなり、現在は限られたエリアでのみ使用されているため、方言だという認識が広まっているようです。

 同じように、子どもの頃よく耳にしていた言葉で「ごて焼き」という呼称があります。
 骨付き味付け鶏もも肉を焼いた料理のことで、これは完全に地域限定、それも正真正銘の鹿児島弁。母の口から久方ぶりに聞いた言葉でした。

 若かった頃と現在では食の好みが変わってきています。豚や牛などの肉より、魚を食べることが多くなっていますし、酒粕をお湯で溶いた甘酒(砂糖抜き)を常飲しているのも、以前にはなかった習慣です。
 酒粕も豊富な種類の魚も、普通に歩いていける近隣のスーパーなどでは販売しておらず、それぞれバスを利用して、そのためだけに足を運んでいます。今ではそれが習慣化しているため、「わざわざ」そうしているという意識もありません。
 父がサバやアジなどの青魚を上手そうに食べていた姿や、寒い夜に甘酒を作って、勉強机に向かっている自分の背後から渡してくれたことなど、近頃よく思い出します。
 今、改めてそんなことを考えてみると、「味そのもの」だけではなく、そこに付随する「想い」を共に噛みしめているのだということに、今更ながら気付かされます。


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