見出し画像

お探しのモノは

 私は、目の前でやる気に溢れた表情をしている少女を見つめる。
「つまり、ゆうれいさんが失くしたピースを探すのを手伝ってほしいってことね。そして、その期限は一週間、と」
 深雪は、目を輝かせて、さっき私が言ったことを要約した。
「そう、要するにそういうこと。ピース(部分)探し、やってくれるか?」
「もちろん!」
 この子は、自分がやろうとしていることを本当に分かっているんだろうか。
 列車に轢かれてバラバラになった私の身体のピースのうち、見つかってない左手を探すというのに。そういえば、期限切れになったときのことを伝えたっけ?

 最初はびっくりしたけど、特に危害を加えようってわけでもなさそうだし、ちょうど学校で「一日一善活動」が始まったところだったから、ゆうれいさんの話に乗ってみることにした。あ、でも、ゆうれいさんへの協力は一善にカウントできるのかな。ま、いっか。
 にしても、夜中にうちのお寺の境内を散歩してたら、まさか本物のゆうれいさんに会うとはね。
「つまり、ゆうれいさんが失くしたピースを探すのを手伝ってほしいってことね。そして、その期限は一週間、と」
 どうやらパズルのピースを一個失くしたみたい。完成させなないと成仏できないって。
 こう見えても探し物は得意なんだから。お寺の娘を舐めないでよね。きっと成仏させてみせるわ。

 深雪にお願いしてから、一週間が経つ。今夜が最終日だ。
やはりというかなんというか、今のところ進展はない。
「こんばんは、ゆうれいさん。今日が期限だね」
 いつもは明るい深雪も、さすがに今夜は神妙な面持ちで現れた。
「そうだな。どうだ? 見つかりそうか?」
 深雪はふるふると首を振る。
「十五個に分かれたうちの一つだから、そんなに小さくはないはずだけど」
「え? 十五ピース? 早く言ってよー。それなら見つかるかもね」
 深雪は、独り言のようにそう言うと、線路沿いの草を掻き分けて探し始めた。

 たった十五ピースのパズルって、もしかして手づくり? 大切な人からのプレゼントとか? 買い直すこともできないみたいだし、きっとそうだよね。
 あたしは、気合を入れ直して草を掻き分ける。ここはまだ探してなかったはず。
「なあ、ちょっといいか」
 ゆうれいさんが話しかけてきた。
 あたしは、視線はそのままで返事だけする。
「んー、なにー?」
「この一週間ありがとな。これだけ探して見つからないならもうないのかも」
 湿っぽい声で言ってくるから、思わずそちらを見る。
 ゆうれいさんは、死んだような顔をしながら手を動かしてる。
 まあ一応、死人なんだけど。
「あのさ、弱気になってるみたいだから言わせてもらうけど、あたしは諦めてないから」

 弱気になったわけではない。
 だいたい、死んでるんだから深雪みたいに元気一杯ってわけにもいかんだろう。
 それに、最悪見つからなくても新しい左手をもらえば、それでいいんだ。
 この『身体欠損状態で死んだら、一週間以内に生者と協力してピースを見つけなければ成仏できない。見つからなかった場合のみ、協力者からその部位をもらって成仏してよい』という、通称『一週間ルール』が無ければ、とっくに適当な人の左手を奪って成仏している。

 
 あたしは、左腕を目の前に上げて、腕時計を確認する。
 二十三時四十五分。
 これは……もうアレしかない。

 そろそろ時間だ。
 探すフリを止めて、顔を上げると、深雪が私を見下ろしながら話しかけてきた。
「ゆうれいさん、ちょっと提案なんだけど、いい?」
 深雪は素直で良い子だ。私は深雪にバレないように、ポケットのナイフの柄を握った。
「いいんだ、深雪。君の善意に心から感謝する。仕方ないから深雪のものをいただくことにするよ。ごめんな」
 私は、立ち上がりざまにナイフを振り上げ、リュックをあさっている深雪にナイフを振り下ろす。
「これ!」
 深雪がリュックから取り出したのは、左手だった。
「左手、左手って言うから、私の左手で取った型に石膏を流して、色を塗って左手を作ったの」
 頭に刺さるギリギリのところで止めたナイフをさっと隠して、深雪から左手を受け取る。
 その瞬間、自分の身体が、夜に融けるように透けてくる。成仏が始まったようだ。
「なんでだ。見つかってないのに。ルールでは『協力者からその部位をもらって』―あ、深雪の手で型を取ったからいいのか?」
 そのとき、深雪の腕時計から電子音が鳴った。
 午前零時だ。時間になった。
「成仏できそうで良かった。てか、パズルじゃなくて、本物の左手探してたの? やば。しかも、私の手の型でもいいなんて、ちょー適当」
 深雪は笑いながら言う。
 たしかに適当だ。でも、ルール違反はない。まったく、この子の善意ときたら。
「深雪、本当にありが―」

「ゆうれいさん、話してる途中で消えちゃった」
 深雪はそう言って、大きなあくびをした。
 吸い込んだ真夜中の空気には、聞こえなかった「とう」の音も混ざっているような気がした。


七緒よう




今年は入賞報告ができるように頑張ります!


【特設ページ】七緒よう 短編集『反響』

おかげさまで、Amazon kindle 「文芸・評論」部門1位を獲得しました!
(2024/12/27-28)


いいなと思ったら応援しよう!

七緒よう
応援よろしくお願いします。いただいたチップは、良い作品を生み出すための栄養として使わせていただきます!

この記事が参加している募集