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【恋愛小説】ミッドナイトジュエリー-moon-[前編]
八月中旬。
エアコン無しでは過ごせない熱帯夜。
そんな夜には、決まって選択を誤る。
今夜は、どんな選択をしてどんな結末を迎えるのだろう。
視界の際で、スマホの画面に灯が点いたのが見えた。
♢
何してる? 10:08
貴方からのメッセージだった。
たった一文なのに、私の心を震わせるのには十分過ぎた。
けれどもすぐには開かない。
貴方の気まぐれに飛びつくほど暇じゃないと、間接的に伝えるためだ。きっと貴方はそんなこと気にしないのだろうけど。
本当はすぐにでも返信したいほど、嬉しかった。なぜなら、私達が別れてから貴方が送ってくれた初めてのメッセージだったから。
ぼーっとしてる 10:24
15分待ってやっと送ったのは、最小限に気持ちを留めた哀しいほどに感情の無いメッセージだった。
すると思いの外すぐに既読が付いて、貴方から返信が来た。
海までドライブでも行く? 10:25
別れてから一度も会っていなかったから、今回の誘いには正直とても驚いた。同時に、自分の胸が高鳴っている事に気づいた。
行く! 10:25
急いで返信をしてスマホをテーブルに置く。
折角会えるのだから、少しでも可愛くして行きたいだなんて、私も思いのほか乙女だった。
♢
下、着いた 10:47
貴方からの連絡があり、急いで階段を駆け下りた。久しぶりのサンダルで転びそうになる。
「…よぉ。」
『…久しぶりだね。』
なんとも言えない空気が漂う中、私は貴方の車に乗り込み、少し居心地の悪い空気を断ち切るようにドアを締めた。
『半年ぶりとか?』
「そうだね、冬辺りだったよね最後。」
「最後」という言葉が私の耳に重く響いた。
別れた日は、文字通り心も体も凍りつくような寒さだったと記憶している。
『なんでまた、突然?』
「んー?なんとなく、元気かなって気になったから。」
貴方の中の私はきっと、沢山の思い出の一つになっているのかもしれない。そう思うだけで、胸が痛んだ。
♢
近況についてお互い話をしながら30分程車を走らせていくと、大きなヤシの木が並んでいるのが見えてきた。夜中でも街頭の光を少し浴びて部分的に照らされるヤシの木が幻想的で綺麗だと思った。
こんなにも色んな話をしているのに、お互いに今の恋愛について一切触れなかった。それが互いの距離のように感じられて、余計に寂しかった。
「到着ー!」
『運転ありがと〜夜の海とか久々でテンション上がるね!』
駐車場に車を停めて、車から降りると生温い潮風がクーラーで冷えた体を包み込んだ。それは意外にも少し心地良かった。
「あっちの方行って、少し座ろうか。」
『そうだね、夜景も見えそう。』
砂浜を歩く先には、防波堤があってより海の近くに行けるようになっていた。
近づいてみると、思ったよりもテトラポットが大きくて、登るのに少し躊躇した。
「大丈夫?登れそう?」
先に登った貴方が涼しい顔してこちらに尋ねる。
『正直キツイ…』
そこに当たり前のように、貴方が手を差し出す。
いや、私が当たり前の光景だと思っていたんだ。無くなって初めて気づくなんて、自惚れていたんだ。遠くの街頭の光がほのかに貴方の顔を照らす。ふと目があった貴方の瞳が光を反射させて煌めいていた。
『…ありがと』
素直に手を借りてテトラポットを登ると、海の香りを含んだ風に体が包まれた。その風は少し生温く、私達の関係に似ていた。
防波堤の先の方まで来て、二人並んで座った。
暫く沈黙の中、遠くの街並みの光が水面で反射して、波に揺らめいていくのをただ見つめていた。
沈黙にしびれを切らし、私が尋ねた。
『何考えてるの?』
「んー、いろんなこと。」
貴方は正面を向いたまま、空返事のような返事を返してきた。私の胸の底で小さな波が立ったように感じられた。
『なんだそれー…じゃぁ、その中の一つだけでいいから教えて?』
私は無意識に、その内の一つが「私達」のことであると願っていた。
「なんかさ…」
貴方は顔の向きを変えずに続けた。
そんな貴方の横顔を見ながら、目尻に少し笑い皺のある、鼻筋の通った貴方の横顔が好きだったなと思った。
「俺ももう二十代後半戦だからさ。前から仕事での目標はあるって言ってたけど、最近は家庭を持ちたいなぁって、ふと思うことがあるんだよね。」
『…なるほどねぇ。』
「仕事から帰って、おかえりって言われたりしたいお年頃だよ。ハハッ」
明るい貴方の笑い声とは対照的に、私は胸の奥に鈍い痛みを感じた。貴方が私とは違う誰かと、この先の未来を共にする。貴方の描く未来に、私はいないのかもしれない。もしかしたら、もうそんな事を考えられるような人に出会ってしまっているのかもしれない。
出口のない迷路に迷い込んだかのように、私の頭の中はそんな憶測で溢れた。
貴方の夢が、私の夢になっていたのに。一番近くで、貴方のことを見守って支えていきたいと思っていたのに。貴方がこの先経験していくどの場面にも、私がその隣に居る権利が無い。こんな時になって初めて、貴方のことをこれほどまでに愛していたのだと気付かされた。
何故こんなにも大事な事に、あの時気づけていなかったのだろう。別れる原因は私にあって、失って困るものの選択を誤ったのだと痛感した。
貴方の思い描く未来を想像するだけで、そこに私がいないと思うと、目頭が熱くなった。必死に冷静を装ったが、声が震える。
『…あのさ』
「どうした?」
声色の変化に察したのか、貴方は私の方を向いた。私はそれに気づかないふりをして、遠くの街の灯を見つめ続けた。
次第に視界に光が溢れ出して、海と光の区別が付かなくなった。
なんだ私泣いていたのか。
気づかなかった。
悲しくて悲しくて仕方ないのに、
視界はこんなにも光に溢れて美しいなんて。
ミッドナイトジュエリー -moon-【前編】 FIN
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