高校生の瑞々しい姿と「ゆらぎ」を描く~「ミューズは溺れない」
編集部のエイミーです。
「映画館で見る映画の良さを多くの人に伝えたい」
そんな思いで映画と映画館愛を語ります。
映画「ミューズは溺れない」(淺雄望監督/2021年/82分)を見ました。ひと夏の高校生の瑞々しい姿を風や雨、蛙やハトなど自然界の美しさに乗せて描いた青春映画。今作は淺雄監督の長編デビュー作で、インディーズ映画界の登竜門とされる第22回TAMA NEW WAVEと第15回田辺・弁慶映画祭でグランプリを受賞しています。
鑑賞したのは、広島のまちなか映画館「八丁座」です。座り心地の良い椅子と芝居小屋を思い起こす提灯が迎えてくれます。
高校で美術部に所属する木崎朔子(上原実矩)は、船のスケッチをしている最中に誤って海に転落。それを見ていた美術部員の西原光(若杉凩)が「溺れる朔子」を題材に絵を描いてコンクールで受賞します。そして、その絵は学校に大々的に飾られることに。さらに新聞記者の取材を受けた西原は、次回作のモデルは朔子にすると勝手に発表します。朔子は悔しさから、絵の道に進むのではなく、立体作品に挑戦しようとしますが、思うようにいきません。そんなある日、美術室で西原のモデルとして朔子は椅子に座っていました。「なぜ自分をモデルに選んだのか」と西原に問いかけると、意外な答えが返ってきました。
冒頭数分で、「ミューズは溺れない」というタイトルに反して溺れる朔子が映し出され、次の瞬間、「溺れる朔子」の絵が画面いっぱいに登場します。テンポの良い展開に、次のシーンへのワクワクを感じながら、作品に吸い込まれていきます。高校生の他愛もない話や美しい景色に気をとられていると、少しずつ、それぞれが持つ悩みや核心的な部分が浮き彫りになります。朔子の住む家は、取り壊しが決まっていて、家の中は引っ越しの準備で段ボールだらけ。その中で、小さなゆりかごを基盤にして、新しい家には持っていかないであろうピアニカなどをくっつけて「船」を作り始めます。壊される運命の家と構築される船。破壊と再生。朔子の「ゆらぎ」がとてもよく表現されています。自分が生きていることに疑問を抱く西原に告白される朔子。そして朔子にも誰にも言えない悩みがあり…。「みんな生きてていいんだよ」という監督からの優しいメッセージをたくさん受け取れる作品に出合いました。
上映終了後、淺雄監督の舞台挨拶がありました。黒のパンツスーツに身を包んだ監督は、中性的な雰囲気を醸し出すかっこいい人。自身の思いや体験を投影して作った作品であることや、細部へのこだわりなどを丁寧に教えてくれました。
私が受けた印象深い話として、監督が学生時代に先生からもらった忘れられない言葉を紹介。「女として生きるのがつらければ、明日は男になればいい。あさって女に戻ってもいい。一生ゆらぎ続けていればいいんじゃない」。自分を肯定してくれる人に出会えるか出会えないかで、人生は全く違うものになるのでしょう。誰しもが、その一人に出会え、また自分自身がその一人になりたいものです。
(編集部・エイミー)