稲盛和夫氏の「経営12ヵ条」について思うこと
稲盛和夫さんのご冥福を心よりお祈りいたします。
ストリートスマートを創業して間もない頃、先輩経営者に勧めていただき、稲盛さんの主宰する私塾である盛和塾に入塾しました。当時は、会社経営において「どんな会社にしたいか、どんな成長をしていきたいか」といった強い目的意識を持っていたわけではなく、自分の生活や目の前のことしか見えていませんでしたが、盛和塾で稲盛さんの思想に触れたり、著書を読む機会が増え、今では私の経営思想に非常に大きな影響を与えていただいたと実感しています。
稲盛さんが会社経営の指針をまとめた「経営12ヵ条」というものがあります。
この12ヵ条は、稲盛さんの経営者としての葛藤が滲み出ている感じがして、私自身とても好きですし、大切にしている教えです。稲盛さんの経験や重圧とは比べ物になりませんが、私自身も会社経営の経験を積む中で「じわじわと、その凄みを感じるようになった」という表現があっているかも知れません。
一つ一つを見ていくと、実は難しいことは言っていません。むしろ、とてもシンプルで、ある意味当たり前のことばかりです。ただ「言うは易く行うは難し」で、私たち人間はこの原理原則に倣って行動することがときに難しいのです。例えば、第4条に「誰にも負けない努力をする」とありますが「自分は“誰にも負けない”努力をしている!」と胸を張って言える人は、どれほどいるでしょうか。頭で理解していても、ここまで追い込み、やりきることは簡単なことではありません。
経営も、心がある人間がするものです。簡単ではないと分かっているからこそ、原理原則を「12ヵ条」として明文化し、自分自身にも言い聞かせるようにして、経営におけるさまざまな葛藤を乗り越えようとされたのだろうと思うのです。これほど多くの人を魅了したのは、その功績のみならず、人間らしい葛藤が滲み出るような経営、そして生き方をされていたからのように思います。そして、原理原則を貫こうとしたからこそ、時代を超えて、共感されるのでしょう。
一方、時代の変化に合わせて、この12ヵ条の捉え方や受け取られ方は変化をしているかも知れません。
一つは、価値観が多様化したこと。
稲盛さんが京都セラミック株式会社(現京セラ)を設立したのは、戦後の高度経済成長の真っ只中。白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫の家電が「三種の神器」と言われて家庭に普及し始め、物質的な豊かさが求められた時代でした。
それが今では、物が溢れる時代です。誰もが憧れていたテレビの普及率は、緩やかに減少しています。「テレビは見ない」「テレビ自体を持っていない」といったように、選択肢や価値観が多様化しています。物ではなく「体験」にお金を払うという行為も、価値観の多様化を象徴していますよね。
もう一つは、インターネットの普及により時間軸が早まったこと。
「物や情報が世の中に広がって、衰退する」という一連の流れ、サイクルのスピードが非常に早くなりました。状況が一気に変化するようになりました。
第5条と第6条に「売上を最大限に伸ばし、経費を最小限に抑える」「値決めは経営」とあるのですが、少品種大量販売の時代においては当然、いかにコストを下げ、無駄を減らせるのかが命題でした。
しかし今では、多品種少量販売へと変化し、時にはコストをかけて「多種多様な価値を“生み出し続けて”いくこと」が求められる時代です。労働生産人口の減少も相まって、企業の中で人材の価値が高まるのは間違いありません。組織の人材が、どれだけアイディアや価値を生み出すことができるのか。そのための組織や環境をつくることが、これからの経営にはとても重要です。
今、注目されている人的資本経営とはまさにこのことですよね。
経営の原理原則が大きく変わることはないものの、このような時代の変化において「売上を最大限に伸ばし、経費を最小限に抑える」「値決めは経営」といった経営の手法は、少しずつ変化してきていると思います。
また、12ヵ条の中でいわゆる手法について述べているのは、実はこの2つだけ。他は、教訓や心持ち、姿勢についてです。第5条と第6条を除いた10ヵ条を改めて見ていたときに、弊社の社名である「ストリートスマート」の思想と非常に似通っていることに気が付きました。
例えば、「経営」を別の言葉に置き換えてみると以下のようなものに。
ストリートスマートとは「どんな環境でも生き抜く知恵」という意味があって、会社のメンバーには、ストリートスマートな人材になるべく、自由と責任を両立させ、自分の人生のオーナーシップを持ってほしいと伝えてきました。
人生のオーナーシップを持つとは「自分で、人生の舵をとって、人生を築いていく」ということ。つまり、自分の人生を「経営」していくことだから、稲盛さんの経営12ヵ条と繋がるのですね。
経営の12ヵ条を人生かけて実践してきた稲盛和夫さんは、本当に偉大な経営者だと感じています。私自身、まだ未熟で到底及ぶものではありませんが、一歩でも近づけるように日々の努力を積み重ねていくことを決意し、前進して参ります。