あなたは恐竜を食べたことがありますか?
先日、三十五歳の誕生日を迎えた。
実にめでたい。できることなら、なるべく健康な肉体を保ったまま長生きしたいという願いを抱いているので、こうして一年ずつ歳を重ねていくというのは、個人的にはとても良いことであり、祝うべきことだ。
なぜこんな私事を記事にしようと思ったのかというと、妻から、サプライズで誕生日プレゼントを貰ったからだ。
学研の恐竜図鑑である。最新の学術研究の成果がふんだんに盛り込まれた、珠玉の一冊。前々から欲しいと思っていたが、他にも買いたい本が山ほどあり、ついつい後回しにしてしまっていたのを、誕生日を機に妻が買ってきてくれたのだ。
私と同年代かつ恐竜好きの方の多くがそうだと思っているのだが、幼い頃の私が恐竜に興味を持つようになった最大のきっかけは、まず何をおいても映画『ジュラシック・パーク』の存在である。作家マイケル・クライトンの同名小説を原作とし、かのスティーブン・スピルバーグ監督により1993年に公開された同作の素晴らしさは、すでに多くの評論家やファンによって嫌というほど語り尽くされているだろうし、そこに私ごときが付け加えられるものは何もないので、ここでは語らない。
大地を踏み、天高く屹立するブラキオサウルスの偉容。遠くにおぼろげながら見えるパラサウロロフスの群れ。中毒症状に臥せるトリケラトプスの痛々しい姿。地響きとともに振動するコップの中の水。血も凍るようなティラノサウルスの雄叫び。疾走するガリミムス。怪鳥のごときヴェロキラプトルの鳴き声……作曲家ジョン・ウィリアムズの音楽をどこかで耳にするやいなや、上述したようなイメージが一斉に脳内に想起され、いまだに鳥肌が立つほどの興奮を覚えるのである。
流石にジュラシック・パークほどではないが、同じくらいのインパクトを少年期の私に与えたものとして、同時期にデアゴスティーニより発売された分冊百科『週刊 恐竜サウルス!』も挙げられる。
二十数年前の資料ではあるが、当時の最新の知見が盛り込まれており、小学生だった私は、本書をむさぼるように読み耽った(一巻のみ100円で以降は約500円と、子供に買い与える読み物としては高価だったため、初期の数巻しか読むことはできなかったが)。
イグアノドンの発見者であるイギリス人医師、ギデオン・マンテルの存在を知ったのもこのシリーズからであった。
その後も、ニュースや博物館の企画展などで恐竜に触れる機会はあったが、子供の頃のような熱は失って久しかった。
今回のように図鑑を買って読むのは、本当に久しぶりのことである。この二十数年のあいだにずいぶん研究が進み、恐竜の姿形や生態が、かつて読んだものから大幅に変化している。種類もかなり増えており、見たことも聞いたこともないような名前の恐竜も多く、かつてのめり込んでいた時のような、新鮮な気持ちと驚きとをもって読むことができた。
個人的に最も興味深かったのは、鳥類が完全に恐竜とイコールの存在として扱われていることだ。恐竜はまず大きく竜盤類と鳥盤類の二つのグループにわかれ、竜盤類はさらに獣脚類と竜脚形類に分類される。獣脚類というのは要するに肉食恐竜のグループのことで、ジュラシック・パークでお馴染みのティラノサウルスやヴェロキラプトルなどは、この獣脚類グループに含まれる。
鳥類はその獣脚類の中でも、羽毛の生えたグループ(羽毛恐竜)から進化したとされる。ちなみにヴェロキラプトルのいるマニラプトル類ドロマエオサウルス科は、鳥類に最も近縁なグループだ。ヴェロキラプトル自身も全身に羽毛が生えていたとされている。
鳥類は獣脚類の一種ということは、つまり恐竜の一部がこの世界に生き残っていることを意味する。「恐竜に近い仲間」とかのレベルではない。鳥類は恐竜そのものなのだ。現生鳥類は約一万種が確認されているので、地球にはいまだ一万種ほどの恐竜が存在し続けていることになる。もし本記事をお読みになっているあなたが普段の生活の中で「恐竜って大昔に絶滅したんだよね?」という質問をされたとしたら、「現代の古生物学の定説としてはNoである」と回答しても問題ない。恐竜の一種である鳥類は巨大隕石の衝突を生き延び、それから6600万年後の現代においても大繁栄を続けているのだから。
現代の古生物学においてはこの認識が当たり前になっているという事実に、改めて衝撃を受けざるをえない。無論、私がまだ小学生だった二十数年前にも、鳥類は恐竜から進化した生物なのではないかという説自体はあったが、学会の合意を得られるほど確定的な根拠はなく、仮説の域に留まっていたように思える。しかし、現代の定説はそうではないのだ。
正確な書名は失念したが、子供の頃、『恐竜の飼い方』みたいな本が売られていたのを覚えている。対象となっていたのはコンプソグナトゥスとかの比較的小型の恐竜で、エサは何をあげればいいのかとか、どんな場所で飼えばいいのかとか、当時の学説をベースに書かれた子供向けの本だった。友達が持っていたのでその子の家に行き、何度も読ませてもらった。
その当時は、本当に恐竜が飼えたらどんなに楽しいだろうとか、ほんの一部でもいいから現代に生き残っていてくれればと思い、彼らが巨大隕石によって絶滅してしまったことを心底から悔しく思っていた。ところが実際は違ったのだ。彼らは絶滅などしてはいなかった。それどころか、私たちは日常的に恐竜の姿を目にしている。毎日のように声を聞き、その一部を飼い慣らし、あろうことか肉として食している。「もしも飼えたら」どころではない。私たち人類にとって、恐竜はなくてはならない存在のひとつなのだ。
なので、この記事のタイトル「あなたは恐竜を食べたことがありますか?」に対する答えは、よほど鶏肉が嫌いな人か、アレルギーを持つ人、あるいは宗教的な理由で喫食が禁じられている人々でない限り、おそらくほぼ全ての人類がYesと答えることになるはずなのだ。
朝食に目玉焼きを食べるとき、あるいは唐揚げやフライドチキンを食べるとき、自分は今、大絶滅を生き残った恐竜の卵や肉を食べているのだと考えると、変わり映えのない灰色の日常が、ほんの少しワクワクしたものに感じてしまうのは、はたして私だけだろうか?
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余談だが、私が愛好するコンテンツであるカニ人の世界には中世代ワールドというエリアがあり、そこには人恐竜族の住む『恐竜の国』というものがあるらしい。
Twitter上で公開されているメインストーリーではまだ登場していないようだが、「骨」をモチーフにした人恐竜族(ニンゲンと恐竜双方の特徴を持つ種族)がどのような姿で描かれるのか、またいかなる種類の恐竜がセレクトされるのか、かつて恐竜好きの少年だった者としては、期待に胸を膨らまさざるをえない。
ご興味のある方は、ぜひカニ人ワールドも楽しんでいってもらいたいと思う。