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『風のかけら』 04 老詩人 - The Old Man Who Could Fly

老人はそのとき詩を語ったんだと思った。

老 詩 人 - The Old Man Who Could Fly

ジャンクフードというものはそういうものだ。とりたててウマイわけでもないし、少しも体に良くないのもわかっている。ついでに客層にも食い物自体にも品がないから、なんだか損したような気にもさせてくれる。どうせ後でやたら眠くなるか、胸が焼けるかのどちらかで後悔することになるのだが、それでも時折り無性に食べたくなる、そういうものだ。

運転中にふと思いついたりするともう頭から離れず、ハンバーガーでもタコスでもチキンでも、執拗にジャンクフード屋のサインを探してしまう。

サンフランシスコのはずれの幹線道路、その午後は小さなタコス屋に入った。そこに老詩人はいた。

2階建ての狭い店内、カウンターに並ぶ客の列の最後尾にいたその老人は、手のひらの色とりどりのコインを数えることに執着しながらも、近づく怪しい風体の黒サングラスアジア人である僕をふり向き、滑稽なほど首をひねり、男の勇気を試そうとするかのように顔を近づけ、とうとうサングラスの中まで覗き込んだ。

ア~ハァ、大きく開いた老人の口は、声を出さずに笑った。

ひょろひょろの痩せすぎ体躯、汚れたヨレヨレ色褪せデニム上下、腰に垂れ下がったクリーム色のシャツの裾――まぎれもない老 Street People。

それでも僕が少しも気にせず老人のすぐ後ろに、不自然な距離もあけずに並んだのは、たぶんその髪のせい。

細い肩をなでながら柔らかく波打つ銀色の輝き。こけた頬と白に近いほど青い瞳を優しく縁どっている。それはまったく老人のうす汚れた顔を崇高なものにしていた。それは僕を老人のすぐそばまで引き寄せた。

ア~ハァ、老人は僕に顔を向けたまま、また声なく笑った。

別に話しかけるでもない、じっと見つめるでもない、僕はただ正面の高い位置にあるメニューを見ている。視界の隅で老人が何かを注文しているが、その声はひゅうひゅうとよく聞き取れない。

と、急にあたりの空気がざわついた。軽い興奮。僕の注文オーダーを取り終えたばかりの店員があらぬ方向を見やり、驚きにつづいて脱力感を表現した。

見ると、老人が仰向けに倒れていた。僕にとっては不愉快な空気が店内をゆっくりと舐めまわした。誰の顔も嘲けるような笑みをたたえている。

瀕死の昆虫のように、老人は倒れたまま手足を動かし、頭を上下に振り、小さくて聞き取れない、ただのしわがれた嗚咽のような、意味の取れない言葉を繰り返している。

僕はかたわらの、たまたま視線を合わせたたくましいメキシコ人の母親と示し合わせ、老人のところへ行き、一緒に助け起こそうとした。

ヘイ、オールドマン、だいじょうぶかい‥‥‥じいさんグランパ、立てるかい‥‥‥ほら、立ちなよ‥‥‥

老人はなかなか立とうとしない。立てないのではたぶんなかった。両手を振り、首を振って、大きく振って、しきりに入口のドアのほうを指差そうとしている。

‥‥‥‥‥‥?

そっちを見やった僕には何も見えなかった。メヒコ母を見ると、彼女もけげんな顔で小首をかしげ、少しフれてるわね――と、引き上げた口の端で僕に同意を求めた。

老人に目を落とすと、ひゅうひゅうと老いた喉が言葉を絞り出そうとしている。

まさかこのまま死ぬんじゃなかろうか‥‥‥人知れず不安にかられて、とにかく強引に抱き起こそうとした僕の腕の中で、老人のしわがれ声が、かろうじて僕の耳にだけ届いた。

Wind… Wind… The wind just came in thorough the door… knocked me down…and gone…
風が‥‥‥入って来た‥‥‥風が‥‥‥ワシを倒して行きよった‥‥‥

まったく軽い上半身をまかせきりの老人を引き起こしながら、もう一度ドアのあたりに目をやった僕には、まだそこいらにいるはずの不埒な風は見えなかった。

僕は詩人に会ったと思った
詩人は僕の腕にやわらかな銀髪をもたせかけていた
詩人はまったくここちよさそうにしていた
詩人の体からはうまそうな匂いがした

立ち上がった老人の手のひらの、それでも一枚も落としてはいなかった、タコスひとつ分だけ少なくなった恵みのコインに、僕は受け取ったばかりの釣り銭を足した。

ア~ハァ、老人はやっぱり声のない大きな口で笑い、僕のせめてもの謝意を,、まったく自然に、ここちよい風のように受け取ってくれた。

Love & Peace,
MAZKIYO
©2023 Kiyo Matsumoto All International Rights Reserve

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