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あの時の静寂
当たり前のように今日も喫茶していて、ふと「おうち時間」という言葉が自分の中で消えつつあることに気がつきました。一時はハッシュタグがつくほどだったあのワード。
「おうち時間」、終わったんだなぁと(たぶん)。
それは喜ばしいことなんですけどもね。ただ、人って変化に馴染むと忘れていきやすい生きものなんだなぁと改めて気づきました。
で、気づきついでにちょっと色々思い出しまして。そういやあの時期、とくに2020、どんな状況でどんな感覚で過ごしていたっけな自分、と少し振り返ってみました。
とにかく外は静かで、街中なのに朝は車の音がなく、鳥の鳴き声がよく響いていました。「ピューイ」ってかんじで悠々と鳴く声が響いていたのを覚えている。なんの鳥かわからないけど、とてもリラックスしているようだった。
世界のニュースでは、「インドからヒマラヤ山脈が数十年ぶりに見晴らせるようになった」とか、「イタリアの海にイルカが戻ってきている」とかが流れていて、要は自然が元気を取り戻しているという主旨の内容があちこちから集まってきた。
物事は色んな角度から見ることができるとして。人間の動きに強制ストップがかかっていても自然はただ淡々と展開しているんだなぁって、その時はそんなことに静かに興奮したりもしていました。
あとはとにかく静けさの中で、目の前の小さな幸せをひたすら探して暮らしていたな。「今日も紅茶うまー!」とか。
人に会えない上に一人暮らしな分、個である自分と深く向き合わざるをえなかった時期でもありました。
自分の経済も生活もかなり切実で逼迫していたので、心細さや孤独感も強かったです。
大変だったけど、でも大気中に「slow down」と言霊が漂っていたような静寂の時間は、良い悪いではなく、わたし個人にとってはとても有意義な時期だったなと思います。
今、世のメインテーマは「別のこと」に移行しているし、この先どんなことがあるかわからないけど、丹田に力を入れて自分のアンテナと本能で決断していくしかない。
その力を鍛えるための、あの「自分と向き合う静寂の時期」だったんだと思いたいです。
年末の領域に入ってきたので、思わず振り返りモードになってしまいました。
読んでいただき、ありがとうございます。