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私の〜恋愛暗黒時代〜⑧待つ女

毎回、失恋をする度に、大きな傷を負っている
つもりでしたが、前回のおじさんから与えられた
傷は、随分と深い急所にまで達していたようで、
立ち直るまでに最長の期間を要しました。
やってもしゃーないと分かっちゃいるのに
やめられない、おじさんと二股相手のSNS
パトロール。
これまた、分かっちゃいるのにやめられない
二股相手と自分との比較。そして、その後の
自己否定。
こうやって、いつまでもいつまでも、すでに
過ぎ去った出来事に、心を囚われてしまい、
いつの間にか強い執着となって、常に心の内に
苦しさや悲しさを抱えている状態が、当たり前になっていました。
完全なる感覚の麻痺でした。



そんな風に、ある意味、何か悪いものに憑依
されていたかの如く、ものすごいエネルギー量で、不幸せ自己暗示を掛けていたある日のこと。
私は、また無意識に、ネガティブティンキング
のまま、トイレで用を足していました。
その時、突然、脳内に声が響き渡ったのです。
「もう、苦しむのは嫌でしょ?
 わざわざ、思い出さなければいいだけよ」と。
はっ!至極、当たり前のことでした。
もう、考えなきゃいいだけのことだった。
そんなことも忘れてたんだ、ワタシ。
それから、もしも、ふと思い出しそうになると、
「あかん、あかん」と、意識的に考えないように
することができるようになり、苦しいぃとか、
悲しいぃという感情をわざわざ味わう時間も、
徐々に減らすことができるようになりました。
あの声は、絶対に、トイレの神様やったね。
毎日キレイキレイに掃除しておいてよかった。



パワーが回復してからは、
一人でふらりとスペイン旅行に出かけたり、
近隣の観光スポットにプチトリップしたり、
おしゃれなカフェ巡りをしては始めたばかりのInstagramに投稿してみたり、家庭菜園に
挑戦してみたり、激痛の韓国式小顔矯正に
行ってみたり。
やっと、自分の時間を大切に過ごせるように
なりました。



そんな、いい感じの数ヶ月を過ごしていた
ある日、また事件は起きました。
当時、働いていたブランドでは、お買い上げ
くださったお客様に、カスタマーカードへの
記入をお願いしていたのですが、その日も
いつものように昼前から店に出社すると、
バックヤードのデスクの上に、見覚えのある
名前が記されたカスタマーカードが置いてある
のです。「ん?」と思い、よくよく覗き込んで
みると、な、なんと、私を苦しめたおじさんの
名前が記されているではありませんか!
ワッツ?!
すぐに、担当したスタッフに訊ねました。
どんな人だった?何を買って行ったの?
なんでわざわざうちの店で買うのか、なんか
理由言ってた?私のこと、なんか言ってた?
特に、私を探していた様子もなく、ふらりと
立ち寄って、買い物して帰ったようでしたが、
なぜ、この期に及んで、わざわざ私の店に
姿を現したのか、とても不思議でした。



それから、どれくらいの日数が経ったのか
忘れましたが、ある夜、家事をしていたら、
見知らぬ電話番号からの着信がありました。
出てみると、電話口の奥の方から、蚊の鳴く
ような弱々しい声で、「ごめんなさい」と
言い残して、すぐさま電話は切れました。
一瞬、聴覚検査か、何かの怪奇現象かとギョッ
としましたが、あのおじさんの仕業だなと、
ピンときました。そして、その後のいきさつは、完全に忘れてしまいましたが、何故かまた、
おじさんと電話で話す機会がありました。
この時、初めて彼の口から、「ごめんなさい」
を聞くことが出来ました。私は、数ヶ月にわたり貯めに貯めてきた怒りをグッと抑え、話を
聞きました。あれから、二股相手の女の子とも
上手くいかなくなり、自分は何と悪いことを
してしまったのだろうと自責の念に押し潰され
そうだったと。だから、私にきちんと謝らな
ければならないと思ったのだと。
当たり前じゃ。こっちは血を吐く思いで毎日を
過ごし、今、こうやって再び自力で立つことが
できるようになったんだ。いい年こいたジジイ
のくせに、メソメソすんじゃねぇよ。
と、初めてマウントを取ったような、なんとも
爽快な気分でした。



マユちゃんは、仏様みたいだね。
褒め言葉なのかそうじゃないのか、定かでは
ありませんが、おじさんが、私との会話に心の
拠りどころを求めている様子を感じ取った私。
心の中で、「ほら見ろ、このバカ。私はどんなに
傷つけられても、こんなに優しい人間なんだ。
敬え、このクソじじい。そして、もっと償え。」と、小気味よく思っていました。
そして、それから、また数週間が経ったころ、
おじさんから、「また付き合ってほしい」と
言われました。あれだけ、魂の抜け殻と化した
自らを我が力で克服し、そして迎えたこの形勢
逆転の状況。完全に、勝利は私のものだ。
私は、このおじさんにも二股相手にも、勝った
のだ!と、まるで優勝パレードでも開催される
かのごとく、大きな喜びを感じた私は、「まぁ、いいよ」と、答えてしまうのでした。
おバカだなぁ。そして、また、自ら地獄の続きを
味わうことになるのでした。



それまでは、どちらかというと、私が彼に
尽くしてきたという表現が相応しかったけど、
今回は違う。彼は、私に悪いことをしたの
だから、その償いのためにも、私のわがままを
聞いて当然なのだ。まるで、そんな態度で彼に
接するようになっていました。
当時の自分は、気が付いていなかったけど、発散できずに蓋をして仕舞い込んでいた、膨大な
量の怒りの感情が、随所に表れていたのでしょうね。おじさんは、そんな私にビックリして、
こんなはずでは無かった、とでも思ったよう
です。彼の方から、再び告白をしてきたにも
関わらず、復縁してからわずか2ヶ月ほどで、
「少し考えたい。距離を置きたい。」と、
言われました。
距離を置きたいとは、具体的にどういうこと
なのかと確認したところ、「2人の付き合い方に
ついて、ちゃんとした答えを伝えられるように
考えるから、それまで時間をちょうだい。
必ずこちらから連絡するから待っていて」と。
上手く、はぐらかされている気もしましたが、
いずれにしても、また、この彼から裏切られて
傷ついてしまうのではないかという恐怖心と、
ちょいと調子に乗り過ぎたかなという後悔と、
再びこの人に捨てられるかもという不安と、
なんでいつも私の恋愛はこうなっちゃうの?
というやり場のない憤りと、そこから生まれる
どうせ私なんてという自虐の気持ち。
あれほど頑張って、良い方向へ向かっていた
自分自身を裏切る形で、またまた、どっぷりと
ネガティブワールドへ引き込まれていくの
でした。



「必ず連絡するから、待っていて。」
その言葉を忠実に守る女、それが私でした。
忠犬マユ公、忠女マユコウ。
いったい彼は、どのように考えているのか?
どういう結論を出そうとしているのだろうか?
あと、どれくらいの日数待てばよいのだろうか?
そのことばかりが気がかりでした。
こちらから、さっさと連絡して答えを催促すれば
よかったものを、待て!と言われたからには、
それを破るのは、自分のプライドが許さないと
謎の意地を通し、結局、またまた自分の時間は
おざなりな、虚無な日々を過ごすハメに。
11月末から2月頭までの2ヶ月強くらいの間、
待ち続けたのではないでしょうか。
年末年始といえば、クリスマスや正月など、
イベントが盛りだくさんで、特に世の中が
キラキラ感を一斉に放つ時期。そんな中、私は
幸薄のオーラを身に纏い、世間と自分との間の
幸せ格差を大いに感じ、どんよりとした気分で、この年の年末年始を送ったのでした。
その間、少しでも気休めになればいいなと、
何件かの占いをはしごしたり、このツライ状況
をどうすれば脱することが出来るのかと、
恋愛&結婚系自己啓発本を読みまくりながら。



そして、ついに彼から連絡があり、次週大阪に
来る際に、会って話をすることになりました。
彼の宿泊先のホテルの部屋で、早速、話を聞き
ました。「ごめんね、マユちゃんとの未来は
ないみたい。」私は、もちろん悲しかったけど、
同時に、はぁぁー、これで晴れて自由の身だ
という喜びも入り混じり、複雑な心境でした。
そして、何やらゴソゴソとし始めたおじさん。
「誕生日もクリスマスも、何もしてあげて
なかったから」と、机の上にそっと赤い紙袋を
置きました。私は、美しく頬に涙をつたわせ、
有終の美を噛みしめておりましたが、その紙袋
を見た瞬間、不覚にも思わず悪代官のような
ニンマリ顔になってしまったのを覚えています。
そして、ありがたく、そのカルティエのダイヤ
モンドのネックレスを頂戴して、さっさ退散
しましたとさ。
そして、少し後になって知ったのですが、私が
しおらしく彼を待っていた約2ヶ月の間、この
おじさんは、懲りずに、また福岡の若いホステスと、いい感じになっていたみたいです。
このおじさんも、そうとう病みが深いですが、
それと同レベルで、どこまでも男を見る目が
無かった残念なワタクシでした。
おしまい。



ちなみに、この出来事の真っ只中に購入した
恋愛自己啓発本の中で、もっとも印象的だった
のが、秋山まりあさん著の、『100%自分原因
説で大好きな人に世界一愛される』という一冊
でした。それから、救いを求めるかのように、
毎日、彼女のブログを読みました。
この本をきっかけに、今でこそメジャーになった
“引き寄せの法則”やら“潜在意識”というワードを
知りました。といっても、全く表面的なことしか
理解していなかったんですけどね。
でも、この数年後、まだまだ続くつらい恋愛を
通して、まさか自分がそれらのことを深く学ぶ
ことになろうとは、1ミリも想像もしていません
でした。
が、ご縁とはどこにあるのか分からないもの
ですね。私が恋愛依存症を克服するのに、
大きな手助けとなってくれるのでした。


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