職人を愛して伴走し教育するデザイナー集団の新たなサーキュラーリティの仕組み
この記事は日欧産業協力センターに提出した英語版レポートを筆者の独断で日本語訳したものをご紹介しています。メインはこちら。
3.4.3 職人を愛して伴走し教育するデザイナー集団 株式会社スマイルズ パスザバトンマーケット
2019年にスタートした「PASS THE BATON MARKET」は、既存の商流アウトレットや二次流通にものらないデッドストックや規格外品、消費者に伝わりきらない伝統工芸品等に着目して、新たな消費の在り方を再考する都内開催のリアルマーケットです。2022年には4回開催され、各回に国内外ブランドや伝統工芸を含む50以上のブランドが参加し、2日間の総動員数は5000名以上にのぼります。アウトレットや二次流通にものらないデッドストックや規格外品を取り扱い、通常の商流にはのらない理由とともに生活者に届ける新たな商流(リコマースのチャネル)をつくり出してる天から注目しました。
PASS THE BATONは2009年に「セレクトリサイクルショップ」として個⼈の想い出の品物や愛用品などを次の⽅へバトンを渡すという取り組みからスタート。そこから、2019年にまずは企業の倉庫に目を向け、「日本の倉庫を空っぽにしよう!」を合言葉として定期の蚤の市を開始しました。2022年からは伝統工芸にも着目し、一般財団法人伝統的工芸品産業振興協会のプロジェクト「デデデデデンサン」が開始。誰かの“もったいない”や“困りごと”に向き合う姿勢に変わりはないものの、個人から企業、そして産地が抱える課題へシフトするとともに、単なる在庫廃棄を売り切るのではない、問題の本質に焦点を当てた、既存の商慣習や商流への問題提起、地方のクラフトマンへの希望が現れています。
今回は事業のブランディングやクリエイティブを統括されているパスザバトンマーケット発起人のスマイルズ社長の野崎氏に、日本におけるリユース、リコマース事業の課題や、成功にむけたヒントについて伺いました。
新しいリコマースの商流をつくる
日本におけるリユース、リコマースの課題は、販売と消費者の間に見えない上下関係があることです。販売側は少しでも傷になったもの、汚れがついたものは販売できない、もしくは、格安で売ることしかできないと在庫を廃棄してしまいます。一方で、消費者は、少しでも傷や汚れがあれば、売るべきではない、もしくは格安で購入できると考えてしまいます。その販売側の忖度と消費者の無知の間にある情報の非対称性を埋めることを我々は行っています。
新しく生み出すのではなく、すでにあるものに光を当てる
2022年から伝統工芸品の取り扱いをはじめたのは、その一環です。ものづくりにひたむきな職人は、自分の作品の魅力を伝えて販売することが得意ではなく、重要な購入者とのタッチポイントを別の小売業者に任せてしまう方が多いのです。我々は、職人さんに販売の現場に立ってもらうとともに、一人一人に伴走し、どうしたら想いが伝わり、購買に繋がるのか、見せ方、伝え方、あり方など、ビジュアル、VMD、PR、情報発信などブランディングを徹底的に行います。製品そのものは変えず、どう相手に伝えることができるのかを共に考えます。それは、職人さんのビジネスマインド構築にもつながっています。伝統工芸のような大量に作られないものは、既存の大衆向け商流には適していません。パスザバトンマーケットの様な人との相互交流を介して適切な値段で取引されることで社会へのインパクトを以て循環を広げられると考えています。
日本の地方の伝統工芸品には、自然システムの循環の中で作られたものが多くあります。例えば、僕が履いているのは北海道十勝地方のヒグマの皮から作られた靴です。これは海外のラグジュアリーでは定義できない日本だけにある循環の感覚です。こういった各地域に存在する循環から作られた衣服にも光を当て循環を継続させることが大切だと考えています。しかし、そういったものは大量に作れないので、既存のマス向け商流には適していません。パスザバトンマーケットの様な場で、人との相互交流を介して適切な値段で取引されることで社会にインパクトを持って循環を広げられると考えています。
また、事業者には、繊維企業だけでなく地域の漆器塗りのお椀や銅器の香炉や茶器、さらには木魚など日頃あまり触れることのない工芸品があります。各地の職人との交流から、新たなビジネスが生まれることもあります。例えば、岡山で足袋を製造・販売するMARUGOは、同じ岡山のデニムメーカーであるITONAMIと組んで、デニム足袋を開発しました。
ものづくりが人の豊かさに触れる場を作り出す
人の購買動機は周囲の環境など外因的要素から生み出されます。例えば、京都で味の薄いお吸い物を飲むときに、美味しいと感じるのは、味そのものはもちろん、「京都」というロケーションや、「京都」への憧れや高級感など無意識の認知、その場で味わう体験が非日常であることによって美味しいという感覚が形成されています。パスザバトンマーケットはそういう限られた場所、時間での非日常の体験や唯一のストーリーをデザインしています。
人間の豊かさの本質は、余計であることから生まれます。ファッションはまさに豊かさを構築できるツールです。ストーリーを受け取って購入した方は様々な学びや気づきがあります。ものが生まれてくる背景を踏み込んで知ってみると、唯一のストーリーは誰かに言いたくなるし、ものに愛着をもち続けるきっかけにもなります。なにより買った本人の心が豊かになります。伝統工芸品はアートなどの遠い存在ではなく、今の暮らしにどう生きるのか、用の美として自らの価値に沿って捉え直すとことが長く使い続けるヒントになります。
人の価値観はそんなに大きくは変わらないものです。だから我々は生活者の「価値観を変容させる」という言葉は使わず、「感度のスイッチを入れる」といっています。もうすでにある、自分にも見えていないその人の豊かさの価値観を見つけてスイッチを押すのです。
筆者の考察:関わる人・モノ・地球全てを豊かにする3方よしのリコマース事業
パスザバトンの取り組みは単なる在庫廃棄を循環させる取り組みから、より企業と人が豊かになる物質および価値の交換をデザインし、地方にある本来の日本の循環を活性化させる、本質的なサーキュラリティの仕組みづくりに他なりません。そして各地域で事業を営んできた方々が同じ場所に介し交流をすることが意図せずにビジネスへの循環を産むという、他業種間の創発の場も広がっています。
そして、なによりも素晴らしいのがスマイルズの社員が自律的に愛情を持って職人サポートをされ、生き生きと働かれていることです。循環の本質は関わるステークホルダー全ての人が手触り感を持ち幸せに向かっているかどうかが非常に重要です。特に、パーパス経営などを含む表面的にサステナビリティや循環を謳う企業の中で組織内部が疲弊しているところは少なくありません。組織内の人々がワクワクして自律的であるからこそ、取り組む事業がよりよい状態にむかっていくのです。