(12)大切なのは外側に向いているまなざしを内側に向けることだった。
「何か」や「誰か」の犠牲の上に成り立っているシステム
そうして、ピースボートにのり南半球をまわってきて世界の光と影を知り、「どうにかしたい世界」を作り上げてるのは、自分たち先進国なんだと知り、なにが国際協力だよ、なにが貧困、格差をなくしたいだよって、そう自分に思った。
全て根っこには先進国の存在があって、日本に生まれ落ちた自分にもそのシステムに加担した暮らしがそこら中に散りばめられていることに、実際に南半球をまわりながら、気がついた。
自分たちの生活が一体どんなところから来ていて、そこにいる人はどんな人生を送っていてどんな思いをしているのか。
スーパーに当たり前のように並ぶ、世界中から日本に来ている食料だとか、それを作り、育ててる人たちが様々な危険に晒されてること、学校に通えない子どもがいること、資本主義を追い求めるあまり、経済優先するあまり、一体どれだけの《本当は必要ないもの》が生産され、商品として並び、それを消費者が買わされてきていることか。
援助という名のもとに、先進国が介入し、貨幣経済・資本主義を持ち込んできた。それらを途上国に生きる人々はほんとうに望み必要としていたのだろうか。それらが導入されることによって、より追い込まれた人たちがいるのではないか、そんなことを当時思った。
それは一部かもしれない。それでも確かに「何か」や「誰か」の犠牲の上に成り立っているシステムが存在する。それらにできる限り加担せずに生きていきたいと思うようになった。
「消費」の生活から抜け出し、「つくる」暮らしをすること
本当は自然の中にあるものを、本当は人の手で生み出せるものを「つくる」ということを人間は企業にやめさせられた。「買わされている」ということに気付かなければならないと思った。
自分にとっての心豊かな暮らしを自分の手で作り出せる人間になりたいと思った。ずっと熱を持って自分の中にあり続けてた「国際協力」という言葉の意味がガラっと方向転換し、新しい意味となった。
ひと昔前は、洗剤なしできれいに洗えて何回でも使える洗濯マグちゃんが少しだけ話題を呼んだ。洗剤メーカーはわかっていたはずだと。でも経済を優先したんだと。そういった商品、そこら中にたくさんあるのだと思う。経済に都合の悪い商品はとことん潰される。
ムヒカさんも
『消費が社会のモーターの世界では私たちは消費をひたすら早く多くしなくてはなりません。消費が止まれば経済が麻痺し、経済が麻痺すれば不況のお化けがみんなの前に現れるのです。このハイパー消費を続けるためには商品の寿命を縮め、できるだけ多く売らなければなりません。ということは、10万時間持つ電球を作れるのに、1000時間しか持たない電球しか売ってはいけない社会にいるのです!そんな長く持つ電球はマーケットに良くないので作ってはいけないのです。人がもっと働くため、もっと売るために「使い捨ての社会」を続けなければならないのです。』
と言っていたように。
途上国の人たちをどうにかしようとする前に、まずは自分だった。
まずは先進国から意識変えなきゃじゃん。まずは日本じゃん。まずは自分じゃん。そう思ったわたしは目を外側ではなく、内側に向けた。
ピースボートを終え、大学に復学してからは、動物性のものを使わないマクロビやビーガンに興味を持ち、空音遊というマクロビ食を提供するゲストハウスへ丁稚研修に1ヶ月行ったり、自分で調べてマクロビ料理を作るようになってみたり、大きな電力会社や石油、ガスに頼らずに自然の恵みと調和して生きていきたいと思うようになり、北海道のニセコの森の中にある自給自足研究所という所へヒッチハイクしながら通ったりした。
ニセコの森の中からヒッチハイクして函館の大学玄関前で降ろしてもらい、ゼミへと走る日もあった。
そのわたしが通っていたニセコの自給自足研究所というところでは、自分の食べるものは自分で自給。自分の身に付けるものは自分でつくる。自分の住む家は自分で建てる。そして、電気・ガス・水道ないところで川の水をいただき、太陽の光をいただき、森の木々をいただき、自然と共生しながら、自然に気を遣いながら、自然から恩恵をもらいながら生きていた。そんな暮らしをしている夫婦と子供3人が森の中で生活していた。彼らの生活に実際に入ることで、今まで頭の中にしかなかったものが、リアルな実感となり、確かな体験となってった。
そこで自分の肌で感じて、
体で感じて初めて見えてくるものがたくさんあった。
自然のすばらしさ、自然からのたくさんのギフトを実感を持って感じれたことが大きかった。自然の雄大さ、たくましさに感動しかなかった。
ピースボート降りてからわたしが足を運ぶ先々にはほんとうにすてきな人たちがいて、ほんとうにすてきな暮らしが存在してた。みんなそれぞれのギフト(才能)を最大限に発揮して、それらのギフトを交換っこしていた。野菜を育ててる人は野菜を、ケーキを作る人はケーキを、染め物をする人は染め物を、なにか手仕事するひとは手づくりのものを。そういった物々交換によってギフト経済が成り立ってる。物じゃないギフトもたくさんある。それは経験だったり、ことばだったり。
そしてソーヤ海さんが教えてくれた通り、本当の平和は、自己の平和から。そう思って自分の内側とも向き合い出した。いくら平和を叫んだっていくら平和を求めたってその人の心の中のエネルギーがマイナスなのであれば、それはマイナスのエネルギーを撒き散らしてる。この世に生きる人間みんなが自分で自分の中を平和にできる方法を学ぶことこそが、憎しみや戦争のない世界に最も必要なことだと思った。
それこそが真の『教育』だとも思った。そのニセコの森にある自給自足研究所に集まるひとたちはみんな、ヴィパッサナー瞑想経験者たちだった。暮らしの中に瞑想とヨガが毎朝あった。ビーガン料理・瞑想・ヨガという生活の中にいる時、わたしの体調はすごぶる健康だった。
外側のものでつくる幸せはちっぽけで、内側からしあわせを感じれるこころを養うこと
「何か」がなきゃ幸せになれないなんて、とても不健康で、欲望という名の電車についつい人は乗ってしまう。それはお金だったり、自分の欲しいものだったり、恋人だったり、結婚相手だったり、なんでも。自尊心を満たすため、承認欲求を満たすため。
でもほんとは、自分で自分の中を平和にして、自分で自分の価値を信じて、自分で自分を愛して、自分で自分を満たすこと。
今ここの感謝に気づき、幸せを感じる心を養うこと。それがすごく大切なんだとおもった。
全くおんなじ状況にいても、不足感を感じる人、満足感を感じる人がいる。真の貧乏は、どんだけ物や金があっても、「もっともっと」と心が、満たされることのないひとこそが貧しいのだ。
結局、幸せは「なる」ものではなく「感じる」もの。ヴィパッサナー瞑想は自分で自分の中を平和にする手段そのものだった。自己探求の道でもある。ひたすら自分と向き合う。ピースボート乗る前には外側に向いていた矢印が、降りてからは一気に内側に向き出したこと、それはある人から見れば、自己中心とか、利己的とか、そう映るかもしれない。
でもわたしにとっては、満たされていない内側を満たすためのエゴから誰かを救ったり誰かの役に立とうとするよりも、まずは自分から、内側を平和にして満たされるその道が、何よりも近い、世界のため、誰かのためになる道だって思ってる。
自分で自分を平和にして、何かの犠牲の上に成り立つ経済システムにできる限り加担せずに、自然の恵みの中、人と人とのギフトの中に生きること。それが先進国に生きる自分たちにとって何よりの《国際協力》になるのだと、いまのわたしは思ってる。
なんでもモノが揃ってるこの日本。綺麗な水も、つけ放題の電気も、いつでも使えるガスがあって、モノもありふれていてどうしてこんなにも多くの日本人は何かへの不足感を感じ満たされることのない欲求を持ち、孤立感を感じ、自殺者が多いのか。
しあわせは外側じゃない。
お金でも、いいねの数でも、フォロワーの数でも、登録者の数でも、ブランド物でも、高級車でも、立派な一軒家でもない。
しあわせは内側に在る。
しあわせは内側から溢れ出るものだ。
自分が自分を見つめるまなざし
自分が自分を満たすこと
自分が自分を愛すること
誰かをどうにかしようとする前に
誰かを救おうとする前に
まずは自分を救うこと。
そう気がついた当時22歳のわたし。
とってもよろこびます♡