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今日の学び
私はだいたい週一くらいの間隔で、家庭教師にお世話になっている。
何を学んでいるかというと、英語。英語である。
英語の国にいながら、英語を学ぶためにお金を払っている。
きっと、怪訝に感じる方もいるかと思う。その感覚ももちろん分かる。
今は治療中ということもあり、レクチャー仕様ではなく、公園や美術館、植物園を散歩しながらただ会話をする、というほぼデートのような仕様にしてもらっている。
ちなみに、最近はどんな事を毎回2時間やっているのか、というと、一週間のうちに私がメディアや人から使われて謎だった表現や言葉をメモっておき、その解説をひたすら聞く。その言葉の使い方や関連する事柄なんかを教えていただく。そして、あとは雑談。ほぼ友達との会話である。
とは言え、私の中で、日常の疑問を一週間待てばクリアに出来る、というのはとても頼もしいシステムであり、例えば、あたり構わずに聞けるようなテーマでは無い事、文化面の謎(こんな事があったけれど、これは当地あるあるなんですかね?)とかも彼に全部お任せである。
さて、今日は「九月は学校の始まりの季節。なにか習い事を始めようと思ってるんだけれど、何をしたいか決めかねている」と、私が言ったことから会話がスタート。
市の教育委員会が大人の為の習い事プログラムを提供しており、そこから選ぶ予定である。候補はフラワーアレンジメント、試験対策英語、クッキング、陶芸、ダンス…
私が「試験対策英語」と口にしたものだから、「え、試験受けなくちゃいけないの?」と聞かれ「いや、全然。何となく。宿題や予習、復習する時間も豊富にあるからスキルアップにいいかな、と思って」と説明した。
そして、話は試験「IELTS」の話題に。
IELTSをご存じない方に説明すると、それはThe International English Language Testing Systemの頭文字を取ったもの。主に、留学生らの大学入学や移民申請時などに英語力を測るために使われている試験制度である。
ふと、私の頭の中に以前見かけたIELTSにまつわる、とあるツイートがよぎった。
「そういえばね、前に”IELTSの世界(長文読解やリスニング)には戦争が存在しない”って言ってるツイートを読んだよ」と、私は小ネタの一つとして面白半分に彼に話を振った。
すると、思いがけない返事が返って来た。
「あぁ、それは本当だろうね。多くの人が戦争を体験していたりするから、その対応には納得だね。トラウマのトリガーになりうるもんね。」
それを聞いて、私は己を恥じた。想像力の無さに、もう本当に、かあぁっと体が恥で熱くなるのを感じたほどだった。
そうなのだ。トロントで暮らす人々の多くに実際に紛争や戦争を経験し、着の身着のまま逃げて来てこの地に住んでいる方々がいる。私はそれを知っていたのに、それに気付かなかった。
トロントだけでなく、世界中でそういう人々が試験を受けているはずだった。
彼は続けて言った「スーザン(仮名)いるじゃない?彼女が前に教えてくれたんだけれど、IELTSのスピーキングのテスト中に泣き出してしまう受講者って結構いるらしいんだよ。移民の為に受けてて、これを逃したら国に帰らなくちゃいけないとか、家族全員が待っているとか、全財産をこの準備に費やしたとか、容易に想像がつくよね」と。
スーザン(仮名)は私の元家庭教師で、彼女が今の家庭教師を紹介してくれたのである。彼女はIELTSの試験官として働いている。
なんというか、私は本当にのほほんと生きてしまっているな、と思った。
そして彼はこんな事も口にしていた。「先週さ、トロントでエアショーがあったじゃない。連日飛行機の爆音が鳴り響き、まあ言って、あれって戦闘機な訳でさ、それもある一定の市民たちにとっては苦痛でしかないのでは、って思う。俺は個人的に、そういうのもあって、ショーを楽しめない」
私は平和な国で生まれ育ったのだな、と思った。エアショーを楽しめる人間。今日は朝からハッとさせられました。