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ホリエモンの生き方を守破離する
昨日、ふと本棚の整理でもしよっかなと思い立った。その際、改めて本棚にある本を一通り見たのだが、ホリエモンの本が4冊あった。この他に、電子書籍内にも3冊はあるし、図書館で借りた本を合わせると、これまで読んだ本は10冊程度にはなるのではないかと思う。
ホリエモンの魅力については、先日の記事にまとめた通りだ。
ここでは、ホリエモンの世界観について私なりの解説と、他者との関係について考察したい。
守(しゅ):私なりのホリエモン
人生を舞台に例えると、ホリエモンの世界では、主役はもちろんホリエモン。彼が動けばスポットライトもスライドし、彼の喜怒哀楽をつつがなく映し出す。
彼以外の登場人物は、村人Aとか、召使いBとか。役名が与えられることなどめったにないし、彼らがスポットライトを浴びることもない。
予め決められている上映中の休憩時間やセリフなど、あってないようなものだ。彼が興に乗れば、休憩時間が過ぎようとも舞台は続くし、逆にやる気がなければ途中で演目さえも変わる。
こんな世界で彼は生きている。と私は思っている。
ただの暴君じゃないかと書きながらも思ってしまうが、こと自分の人生を舞台と捉えたときに、主役を誰かに明け渡していやしないだろうか。
たとえば、私の子どもの頃は、人生の主役は父親だった。父親がいつも私の舞台で悲劇のヒーローを演じていた。私にいくら悲しいことがあろうと嬉しいことがあろうとそんなことは主役の前ではどうだってよかった。
そうして、感情を深く押し殺し、主役を引き立たせる術を覚えてしまった。
そんな私からすると、ホリエモンの生き方は、憧れだ。いや、憧れといってはいけない。選択し続けている生き方だ。
破(は):ホリエモンの生き方への疑問
ただ、ホリエモンの生き方フォーマットをそのまま私の人生にコピペすることは違うのではないかなとも思っている。
現に、彼の生き方には一つ大きな違和感がある。
他者との関わり方についてだ。
彼は、自分と価値観が異なる相手をバッサバッサと切り捨てる。そりゃそうだろう。彼は人生の主人公であり、他の人はみな脇役なのだから。
でも、舞台という名の人生は自分ひとりでは絶対に生きられない。色んな人に助けられ、たまに助けたりもしながら創り上げていくものだ。
その他者と主役である自分がどのように関わるべきか。これは私の中で考えるべき大きなテーマである。
ちなみに、ホリエモンが唯一といってよいほどおすすめする本は、「嫌われる勇気」である。
有名なのでご存じの方も多いだろうが、この本めちゃくちゃ面白いので、ホリエモンが苦手な人でも好きな人にもぜひおすすめしたい一冊だ。
全般的な解説はここでは省略するが、他者との関係の部分だけ紹介すると、この本では、自分の課題と他者の課題を分け、自分の課題だけ取り組みなさいと説いている。
課題を分ける際のポイントとして、その課題の最終責任は誰が追うのかという点で判断すれば良いと言っている。
例えば、自分の子どもが勉強をしない場合、親としては、「勉強しなさい」と指導するのが一般的であるが、これは誤ったアプローチなのだ。
子どもが勉強をしないことで、最終責任を追うのは親ではなくその子どもなのだ。したがってこれは、子どもの課題である。この事象で親が抱える課題とは、「子どもに勉強をさせること」であって、「勉強すること」自体は、子どもの課題なのだそうだ。
ふーん。わかったような。全然わからんような。ともかくこれがホリエモンの他者に対する生き方の大前提ではないかなと思う。
彼は、他人の課題など見向きもせず、自分の課題に一心不乱に突き進んでいる。それがホリエモンである。
この本が主張していることはよくわかる。そうやって誰の課題かを明らかにしないまま、知らず知らずに誰かの課題を自分が背負うなんてこと、よくやってる。
それがトラブルの元になるのだという指摘についても、さもありなんと思う。
ただこれ、意外と仕事で実践するのは難しいなぁと思っている。ホリエモン以外で仕事でもばりばりアドラー心理学を実践できている人がいるなら切実に学ばせていただきたい。
例えば、私が先日まで関わっていたコンサルタント業でも、クライアントから「やる気をどうにか出させてください」的なリクエストが多かった。そればっかりだったと言っても過言ではない。
アドラー心理学に根ざすなら、「それはその方の課題ですので引き受けるわけにはいきません」と言うしかないのではないかと思われる。
「嫌われる勇気」の著書岸見氏ならどのように対応されるのかお尋ねしたい。
新人育成だってそうである。モチベーションがみんな高いとは言えないし、たとえモチベーションが高くても新人なので、出てくるアウトプットの精度は低い。それをその新人の課題だからとお客さんに出すわけにはいかないのである。
私ももちろん新人の頃はあった。新人時代、必ずしも常にモチベーションが高いわけではなかったし、お粗末なアウトプットなどアホほど量産した。
それでもなお、私が今、少しは成長できているのは、根気強く指導してくださった数々の先輩、上司の賜物である。決して自分だけの力ではここまで来られなかったという自負がある。
人生の主人公は紛れもなく自分であることは大きくうなずくところだが、他者との関わり方については、ホリエモン流にバカと切り捨てることに違和感を覚える。
さりとて、アドラーのように、他者との関わりに線引をするという考え方についても同様に違和感を覚える。いや、きっとアドラーの言うことは正解なんだろうと思う。私の理解が浅いのだろうな。
離(り):私なりの生き方(仮説)
私は、アドラーのいうように他者との距離感は大切にしつつも、価値観の合わない人間をはじめとする脇役を切るのではなく、お互い影響し合える関係性を築いていきたい。
では、その方法論とは?と問われると何にも出てこない。甘っちょろい考えなのかもしれない。実践するなかで最終的にはホリエモンの生き方に収束していくのかもしれない。が、まずは自分の生き方を選択することが大切だと思う。