花恋みたいなお別れをした
「花束みたいな恋をした」みたいなお別れをした。精いっぱい主人公ぶって、精いっぱいカッコつけて、精いっぱい「私たちの物語は美しかったんだ」と思えるようなお別れをした。
「バルセロナ失恋」と呼んでいるものの、失恋の本番は旅行を終えた帰国後だった。
「旅行中に振られる」という特殊事情で、失意の中でも旅行を続けなきゃいけないというのはなかなか過酷でキャッチーでもあるので、そう呼んでるだけ。ただ、「旅行中だからしっかりしなきゃ」というプレッシャーが、ある意味救いでもあった。本当につらいのはここからだ。
私を振った男とも「帰国後改めて話そう」となっていて、私たちの関係は一応“保留"状態だった。
電話で彼は、とても無責任な口調で「たぶん付き合うことはない」と話した。「お互い、付き合うことはないとわかった上で、異性としてドキドキするようなやりとりを楽しんでるつもりだった」と。
そんなことある???
というのが私の第一印象だし、それは今でも変わらないけど、相手がそうだと言うなら一旦そういうことにしよう。
だとしても、「なんで付き合わないか、自分でも理由はわからない」なんて言葉だけでは、とても諦められない。「結論はわかった。でも私のために、ちゃんと理由を教えてほしい」、最後のわがままだった。すぐには答えられないというので、帰国後に改めて話す時までに考えてもらうことにした。
理由を考えながら、そして心を閉じて最小限の連絡しかしなくなった私を見ながら、「やっぱりmayを手放したくない、付き合いたい」と思うんじゃないかという希望が、ほんのちょっとのつもりで、実はけっこう大きくあったと思う。
彼の言葉を信じるなら、「付き合わなくても今の関係が楽しい」ことも付き合わない理由の1つだった。だとしたら、私が今まで付き合わなくても開いてしまった心を閉じて、今まで当然だったやりとりをやめたら、「やっぱり付き合わなきゃ」となるんじゃないか。そんな期待が帰国までの私を支えていた。
早く決着をつけたい私は、「疲れもあるだろうし、週末でもいいよ」という彼の気遣いを突っぱね、帰国の翌日早々に会うことにした。いざ、決戦の日。
結論は変わらなかった。とにかく、今は誰とも付き合いたくないらしい。でも私のことは大切で、私と過ごす時間は楽しくて、だからこそ、今の関係が少しでも長く続けばいいと本気で思っていたらしい。
どんなに詳しく聞いても、結局、納得なんてできない。私と彼と、前提の価値観に大きな違いがあるし、私にとって不都合な結論を受け入れがたいという無意識の拒否反応もある。
せめてもの誠意なのか、彼は私が納得するまで(納得はしないけど、諦めるまで)私の疑問に答え、悲しい気持ちを受け止めてくれた。2軒目も出て、お店の前でいよいよお別れ。
「一旦距離は置くけど、また友達として遊び行こうね」、彼は言ってくる。
「このタイミングで会社の席も近くなるけど、仲良くしてね」、衝撃の事実も知る。今までは社内でほぼ会うことはない距離だったのに、嫌でも視界に入るような座席になるという。
え、このタイミングで?
映画みたいに「やっぱりmayと離れたくない」って引き止めてくれるロマンチックな展開もなければ、失恋を癒す運命の出会いもないのに、映画を越える気まずさだけはあるんだね、現実。なんて皮肉なんだ。
「え〜なにそれ、気まず(笑)」、正直に答える。「曜日決めて在宅勤務する?」「あー、でも2人とも出社したい曜日もあるね、じゃあ私が朝からお昼すぎまで」「じゃあ俺が夕方から行くわ」
彼は「こんな会話できてるなら大丈夫、友達に戻れるよ」と笑う。
「そうだね、きっとね」と応じながらも「でもさ、そんな簡単だとは思わないでほしいな(笑)旅行中に私がどれだけ惨めだったか(笑)」と、冗談ぽく、でも本音を伝える。
心に秘めておくよりも、さらけ出してしまった方がさっぱりしてる気がした。
「サイクリングしながら号泣したし、綺麗な景色見て思い出したし、ずっとアホみたいに泣きながら過ごしたんだよ」「共有したい出来事がいっぱいあったのにできなくて、悲しくなったんだよ」
彼は「そうだね、そうだよね」と反論せずに受け止める。「俺もほんとに、バチが当たると思ってる」
「そうだね、ほんとに不幸にはなってほしくないけど、可愛い女の子に声かけてデートしたら壺買わされるとか、そういうバチが当たればいいと思う」
「それくらいで済めばいいけどね。てかすでにさ、mayにもらった食べ物とか見かける度に悲しい気持ちになる、もう食べれないかも」
「そうだよ、あの場所とかあの食べ物とか、あのイベントとか、全部に触れる度に私を思い出せばいい」
「つらいな〜ありすぎるじゃん、そういう物」
「そうだよ、それだけいっぱい思い出作ってきたんだから」
「なんか、別れ際めっちゃかっこいいね」
「でしょ、かっこつけたいからね、いい女だったなぁって思われたいからね」
私は自分のために、精いっぱいカッコつけた。「よく覚えてないけど、『花束みたいな恋をした』の別れ際っぽいな〜、このカッコつけて笑顔でお別れする感じ」とか思いながら、セリフを吐いていた。
「じゃあね、気をつけて」とお互い言い合って、本当にお別れをした。背筋を伸ばして、スマホも取り出さず、前を見て歩き続けた。
帰宅後、いつもの「今日もありがとう、楽しかったね」のLINEが来てなくて、こちらから送ることもなくて、やっぱりさすがに寂しかった。