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ポールは自分で死のうと決めた。 きっかけは一滴の恐怖。ぽつん。 本当にぽつんという音がしたのだ。ぴちょんでも、どぼんでもない。より正確には「ぽ」と「つん」にほんの僅かな間があった。海に降り注ぐ雨音のなかから一滴分の音だけを取り出したときの音に似ている。街中に降り注ぐ雨音ではいけない。街の雨粒は海のそれよりも小さいし、街は広大で重厚な水面をもたない。海の雨音を長い時間かけてろ過して、ようやく滴り落ちてきた一滴の音。ぽつん。 ポールはタカシの訃報を聞いて、呆然と立ちつ
タカシは自分で死のうと決めた。 ナオキの自死に立ち会ってからというもの、タカシの自死への決意は日に日に強くなっていった。今では決意は習慣へと昇華した。ベッドに入る前の歯磨きと同様に、自死もまた習慣のサイクルの一部となっている。ただ、実行に移せないのには理由があった。タイミングが合わないのだという。 例えば、歯磨きは食後や就寝前という前動作がトリガーとなって引き起こされる。歯磨きに至る流れというものがあるように、自死に至る流れもまたあるのだ。けれども、タカシは流れをつか