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子供たちとWatchMe、そして”以後”(前編) 『ハーモニー』読解/伊藤計劃研究
短い昔話から入ろう。
『ハーモニー』の結末について、取り沙汰されていた話だ。
・エピローグでは全人類が調和されたかのように書かれている
・だが本文中では子供にWatchMeが入らないと記述されている
・これは作者の設定忘れによるミスでは(?)
結論から言えば、この仮説は見落とし由来である。
WatchMeの有無について場合分けされているからだ。
エピローグだけでも以下の記述が存在している。
皆それぞれが思い出したかのように社会システムに戻っていった。WatchMeをインストールしていた世界数十億人の人間は、動物であることを完全にやめた。
それは、 WatchMeがオンラインになり、無意識が「降ってくる」直前、トァンがつぶやいた最後の言葉。
1つ目は「WatchMeをンストールしていない人間は範囲外」との示唆。
2つ目は「オフライン環境の人間は範囲外」との示唆。
いずれも全人類が範囲でないと読み取れる、設定を踏まえた描写だ。
WatchMeは全人類を覆ってなどいない。むしろ明示してさえいる。
仔細に読めば、背景設定を意識し丁寧に書き分けていると分かる。その丁寧さがさり気なく分かりにくいのは、これまでの読解で見てきた通りだ。
・
問題はここからだ。
描写を統合すると、新たな謎が浮上するのである。
では、その謎とは何か。
・WatchMeのインストール対象年齢は下がり続けているのではないか?
ここで留意すべき点として、以下の事柄が挙げられる。
冒頭の霧慧トァンの台詞「せっかちなからだにWatchMeは入れない」はあくまでも過去、霧慧トァン自身の子供時代に対してのものだ。13年後である本編では、また別の可能性があり得る。
本文における現代の子供描写は、WatchMeをインストールしていない子供たちに限られている。霧慧トァンが、当時は零下堂キアンを誤解し侮っていたシーンを見てみよう。
子供に知り合いはいないから、あれはほぼ確実に、わたしの帰国を知った零下堂キアンのわめき声で決まり
ここで「子供」部分に注目したならどうか。「子供に知り合いはいない」、つまり霧慧トァンは生府社会の「現代の子供の状態」についてよく知らないと分かる。
では子供より年上、若者についての推測はどうか。
関連箇所は3点存在している。
まず1つ目は、冴木ケイタの発言からだ。
「おかげで皆、健康で諍いのない社会を手に入れている。生府社会の自殺率の指数的な上昇は確かに不安要素であるが、いずれ薬物や革新的なセラピーの開発と法制化で制御可能だろうと考えている人間は多い」
自殺率増加の原因に言及はない。しかし「指数的な上昇」がいつから、どの層で発生しているかについては、御冷ミァハの宣言で言及がある。
「誰も本音を言うことができません。わたしたちはひとりひとりが社会にとって重要なリソースだという教育を、子供の頃から受けています。この身体は自分ひとりのものでなく、社会みんなの貴重な財産なのだ、公共的身体なのだと言われます。
でも、みんな、そろそろ息苦しくなってきているはずです。
以前から自殺率が上昇していることは、みなさんも聞いたことがあるかもしれません。 みなさんはこの『空気』に縛りつけられた社会から、逃げたがっているんです」
ここだけだと御冷ミァハの煽動である可能性もあるだろう。
けれども煽動の可能性は、霧慧トァンの発言により否定できる。
何千人もの人間が一斉に自殺を試みなくとも、生府のレポートは若者の自殺率が年々増加していたことを物語っている。
事実として、御冷ミァハによる事件が起こる「以前から」、「若者の自殺率が年々増加していた」ことになる。 ( 続く…)
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