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トマ・ピケティ『平等についての小さな歴史』

『21世紀の資本』の大ヒットで、日本でも有名になったトマ・ピケティ氏の新著『平等についての小さな歴史』が邦訳され、2024年9月、みすず書房より出版された。
本書は、計3000ページにも及ぶ著作を「もう少し短くまとめて書いてもらえるとありがたい」という読者の要望に応えたものだ。また、要約にとどまらず、ここ数年に起こった新たな問題も取り上げているという。
理解が不十分な点もあると思うが、備忘録として、自らの問題意識と合わせて感想を残しておくこととする。


人間社会の歴史を、不平等を克服する歴史として

歴史を語るのは、おおごとだ。
権力のぶつかり合い、英雄たちの舞台として描かれることもあれば、鉄のように人類に大きな影響を与えたものを中心に語るというもの、生産力と生産関係の矛盾というマルクス主義的な歴史観、人類学的なアプローチ等、様々な見方があるのではないだろうか。

ピケティは、本書のタイトルにもあるように、人類は進歩していること、そして平等を求める闘いに焦点をあて、近現代を中心に歴史を語っている。
一読しての感想は、ピケティは「平等」かどうかを多くの角度から検証し、それらを並列的に扱っているのでは、ということだ。もちろん、重要性の大小はあると考えているとは思うが、根本原因は何かという問いの立て方をしていない。
私自身は、「なぜ」と問いたい性分なので、少々ツッコミが足りないなとも感じたり、自分で気が付かなかった視点になるほどと唸ったり…そんななかで勉強になった点をいくつか挙げる。


▪️奴隷制度

ヨーロッパにおける産業資本主義の発展に、奴隷制や植民地支配が大きな役割を果たしたのは、今や多くの人が認めるところであり、「人道に対する罪」として謝罪や賠償を求める声も高まっている。しかし、旧宗主国は、賠償にどこまで誠実に向き合おうとしているだろうか。

本書のなかでピケティは、奴隷制の廃止と独立を勝ち取ったハイチは、フランスの奴隷所有者に対し巨額の損失賠償を約束させられ、発展の大きな妨げとなったと記述している。イギリスでもフランスでも、奴隷制が廃止された結果、奴隷ではなく奴隷所有者に賠償金が支払われた。この賠償金は、元奴隷所有者が現在に渡る資産の形成に大きな影響を与えているという。過去のことでは無い、現在の不平等につながっている問題としてとらえる視点に、なるほどと思った。


▪️金券政治

日本では、自民党裏金問題に端を発し企業団体献金の禁止が焦眉の課題となっている。
昨年、石破首相が「企業団体献金は表現の自由」と言い出したときに、何をいきなりワケのわからんことをとビックリしたのは私だけだろうか。そんな思いでいたところ、本書に次のような記述をみつけた。

とりわけアメリカではロビイストが、政治資金に上限を設けることなどできない(そして上限を設ければ、富裕層の表現の自由を侵害することになる)と判事たちを説得することに成功し、ヨーロッパでもインドでも、またブラジルでも同じような状況だ。

平等についての小さな歴史 p.97

富裕層による民間資金の流入が、政治を歪めていると批判しているところなのだが、「表現の自由」という言い方は、石破首相のオリジナルでも無く、真似っこだったのかしら、となんとも言えない気持ちになった。もっともアメリカでは企業団体献金は禁止されているそうなので、石破首相の言い方は、なおさら悪質だと思う。


▪️教育無償化

ピケティは、教育と雇用の機会均等が形式的なものにとどまっていると指摘する。フランスのように、教育の無償化が実現しているようにみえても、富裕層の子どもと、そうでない子どもにかけられる公的資金には大きな差があるという。
両親の経済状況や出自も勘案した仕組みづくりが必要と提起しているが、日本ではこうした問題はどこまで議論されているだろうか。何しろ、ようやく学校給食の無償化を実施する自治体が増えてきたばかり。初等教育の教材費すら家庭に負担させているのが、この国の現実だ。

教育を受ける権利を、形式的なものにとどまらせず、平等への足掛かりとしていくという指摘は大切だと思う。


▪️累進課税

累進課税は、民主的税制の根幹をなすものだ。しかし今、日本では、最高税率の低下や株式譲渡所得などの分離課税、そして低所得者ほど支出に占める割合が高い消費税が基幹税となっていることなど、所得の再分配という税の機能が弱まっている。

ピケティは、累進税が所得の再分配という機能だけでなく、課税前の格差も縮小させると言う。
ぶっちゃけて言うと、所得が大きくても、ほとんど税金で取られちゃうなら、「そんなにもらってもしょうがない」と所得を抑える効果があり、課税前にも所得の再分配効果があるというのだ。

日本でも役員報酬は高額になっているが、従業員報酬は物価の上昇に追いつかず実質低下となっている。欧米流の成果主義が浸透した結果とみる向きもあるが、1986年には、70%以上あった最高税率(課税所得8000万円を超えた部分に適用)が、現在は45%(4000万円超の部分に適用。2000年代には37%まで引き下げられた)となっている。役員報酬が拡大している理由の1つになるのではないか。


▪️アファーマティブ・アクション

アファーマティブ・アクションは、日本ではなかなか理解されないことの1つだと思う。
具体例をあげると、男女の議席数をあらかじめ割り当てるクォータ制などだ。現在、政党には候補者の男女同数を目指す努力義務が課せられているが、実現には程遠い。この問題をどう考えればいいだろうか。

ピケティは、アファーマティブ・アクションを実現するためには、現実を正しく評価し、検証可能な数値目標を定め、目標を達成するために実施する政策を絶えず調整する手段を集団で民主的に作ることだと言う。
差別の解決のために何が必要かという手段の1つがクォータ制だと考えると、すわりがいいように思う。


どんな社会を展望しているのか

さて、それではピケティは、どんな社会を目指し、どうやって実現しようとしているのだろうか。本書から引用したい。

ふさわしい選択肢は、多民族共生でエコロジカル、参加型かつ連邦主義的な民主社会主義である。結局それは、18世紀末から延々と取り組まれてきた平等を求める運動の守備一貫した延長にほかならない。

平等についての小さな歴史 p.193

ベーシックインカムや雇用保証制度、「みんなの遺産」など具体的な提案もされているが、どうも夢物語に感じてしまい、実現のためにがんばろうという気持ちになれない。
一方で、ドイツや北欧の労使共同経営のルールをさらに徹底させるというのは、もっと探求してもいいように思った。



いくつかの問題意識

派生した問題意識についても、記しておく。


▪️フェミニズムーマルクス主義的なアプローチへの批判について

ピケティは、フェミニストの主張を引用しながら、従来のマルクス主義的なアプローチは、労働力の再生産を行う家庭とそこでの不平等な関係を無視していると批判している。
家庭や家事労働をどう考えるかという問題意識は、常々あるのだが、やっぱり一度、じっくり取り組まないといけないこと1つと思っている。


▪️ヨーロッパとアジアの大分岐

ケネス・ポメランツというアメリカの歴史学者は、1700年代まではアジアとヨーロッパのもっとも進んだ地域の経済発展に大きな差はなく、アメリカ大陸の植民地化や化石燃料への転換など偶然的な要因もあり西欧社会が軍事力を高めたことにより、ヨーロッパとアジアの大分岐が起こったと主張している。
こうした論があることは知っていたものの、ポメランツや大分岐については、まったくの勉強不足だった。興味のある分野なので、しっかり取り組みたいと思う。


終わりに

結局自分の不勉強を突きつけられるような読書感想ですが、それもまた勉強の楽しみですね。
ゆっくりでも、自分の考えをまとめていきたいです。


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