弱者の保守主義のすすめ
本稿は、題にある通り、社会的にまたは健康面で弱い立場にある人たちの政治や人生に関して考える際の助けになればとの目的で書いた。(私自身もお世辞にも強者とは言えない人間である。) また、本稿はついでながら「本来の保守主義を踏み外した世の自称保守派」への批判でもあり、また、「彼ら自称保守派のせいで保守嫌いになった人達」への保守主義の有用性に関する弁明でもある。
本来の保守主義とは
本来の保守主義のなんたるかだが、これは「富裕層や大企業などの強者の利益を守ることにかまけて一般市民を軽視する」だとか「社会の変化を一切許さず、弱者に優しい社会への改良を拒む」だとかいうことではない。まず、一般市民に関してだが、保守主義思想の始祖たるエドマンド・バーク(1729~97、英国)にとって、自国の国制を保守するのはあくまで権力が過度に強大になることを防ぎ、人々の自由、歴史的に認められてきた権利を守るためであった。また、バークは、悪政かどうかを人々が肌で感じ判断する時に間違えることはほとんどないため、政治の側はその訴え・批判を軽視してはならないとした(1)。つまり、保守とは元来、強者のためでなく、弱者含む一般市民のための保守なのだ。次に、社会の変化を許すかについてだが、これについてもバークは「何らか変更の手段を持たない国家には、自らを保守する手段がありません。」と論じている(2)。彼は、あくまで急進的に社会を改革することを批判したのであって、社会が漸進的に(=ゆっくりと)適宜変化すること自体は推奨しているのだ。
では、何故、国のあり方を漸進的にしか変えてはならないのか。ここに保守主義の真髄がある。思想としての保守主義の起源はバークの主著『フランス革命の省察』(1790)であり、この書の主題はフランス革命への批判である。本稿をここまで読んできた方は、「一般市民の自由のために思想家として活動していたバークが何故、自由と平等のための革命を批判するのか。それは自己矛盾ではないか」と疑問を呈するかもしれない。しかし、バークの洞察によると、このフランス社会の改造は、伝統を無視した抽象的な原理に基づいた急進的なものであることに問題があった。フランスには元々伝統的な制度に基づいた自由の原則があったはずであるのに、この革命は抽象的な原理に基づいて社会を一から作り直そうとした(1)。社会というのは複雑であり、ただ自分の理性をもって全体を見通すことはできないのだから、歴史的に積み重ねられてきた習慣・偏見も重んじて漸進的に変えていくべきだというのがバークの主張の概要である。史実として、バークが『省察』を出版した後、フランス革命はロベス・ピエールによる恐怖政治や欧州全土を巻き込んだナポレオン戦争へ繋がっていった。これでは弱者含む一般市民の自由などあったものではない。フランス革命以外にも、抽象的な原理に基づいた理性過信の革命は暗澹たる結果をもたらした(例: 文化大革命、ポル・ポト政権)。
漸進主義の重要性を別の観点から示すため、ここで社会学者エミール・デュルケム(1858〜1917、フランス)の功績を紹介しよう。デュルケムは『自殺論』という著作の中で、近代の欧州各国の事情とその国の自殺者数との相関関係を読み解いた。おおまかに言うと、デュルケムは、家族や伝統的宗教や職業での共同体の結束の弱体化が個人を分断し孤独を感じさせ自殺者を増やすと結論付けた。この共同体重視というのもまた保守主義的だが、デュルケムは、この種の自殺とは別に、国の急激な経済発展や衰退も自殺を増やすことを示した(3)。ここに漸進主義の重要性がある。急激な衰退が自殺を増やすことは確かに容易に予想できるが、急激な経済的隆盛が自殺を増やすのは何故だろうか。そもそも人間は社会に規律され、社会秩序の中で生きているものだ。このおかげで人は欲望の追求を自制できる。しかし、急激な経済的発展は社会の規律や秩序の喪失に繋がり、人の幸福や善悪の価値基準も失われ、つまり、人は何にも満足できなくなり自殺しやすくなる(3)。これがデュルケムの洞察である。ここから、やはり漸進主義こそ弱者のためだと改めて結論付けられる。確かに、精神の強い人なら急激に社会が移ろいでも自分の価値基準を喪失せずにこれまで通り生きていけるかも知れないが、繊細な人はそうはいかないものだ。
「でも成功者は保守的じゃないし革新を愛するよ?」
ここまで読んで、「自分の尊敬する成功者(インフルエンサー)は社会の抜本的改革(例:大規模規制緩和、公共インフラの民営化、貿易自由化、大規模な移民受け入れなど)を唱えているから、弱者の支持する保守主義よりも抜本的改革が正しいのだ」という反発を覚えた方もいるかもしれない。しかし、そのような改革がもし「正しい」としても、あくまでそのような成功者にとってではなかろうか。そのような成功者は大抵強靭な精神を持っており、また、経済的な基盤が既にあるもしくはいつでもその基盤を築けるほど有能であろう。対して、その人を支持する自分自身はどうであろうか。上述のバークやデュルケムの話で示されたように、社会の改革はそれが急進的であるほど弱者に厳しい社会を押し付ける。
先に挙げた改革の例に関して見ていこう。まず公共インフラの民営化や民間委託には、請け負う私企業の方針次第でサービスの質の低下や利用料金の引き上げが起こる危険性がある。現に欧州では、EUが資金提供をしている公共サービスの民間委託を調査したところ、その多くは非効率であると判明した(4)。
次に、自由貿易には価格競争で負けた国のその産業が潰える危険性がある。例えば、アメリカ・カナダ・メキシコの北米三ヶ国間の自由貿易協定(NAFTA)によって、メキシコの農業は、アメリカからの安価なトウモロコシの輸入によって壊滅した(5)。また、歴史の教科書に載っているほど今更知れ渡った話だが、幕末の、日本の関税自主権を一方的に欠いた不平等条約により、機械で大量生産された欧米の製品が日本のその分野の産業に大打撃を与えた。
大規模な移民受け入れに関していえば、労働者の失業・賃下げや治安悪化の危険性をもたらすことは容易に想像がつくだろう。しかし、移民もまた経済的弱者かもしれないし私は彼ら自身を非難する気はない。ならば、何が問題かと言えば、大規模な(事実上の)移民受け入れ政策に舵を切る政府である。
抜本的・急進的な改革は確かに成功者にとっては「耐えられるもの」であろうし、また、改革による経済的恩恵をそのような人は有能さや地位の故に上手く享受することができるのであろう。(余談だが、抜本的改革をジョジョで例えると、例の時間の加速である。あの状況では普通の人々はこれまで通りの暮らしなどできず、某超人漫画家だけが仕事をこなせた。) バークの言ったように社会を緩やかに(弱者にやさしいものへと)改良していくこと自体は必要なことだが、抜本的・急進的改革は強者でない人の多くには苦しいものである。よって、一国に暮らす人間の多くは強者でないのだから、個人のためにも国のためにも抜本的改革は「正しくない」ことがわかる。
「弱者のためになるのは保守じゃなくてリベラルな思想じゃないの?」
また、「弱者のためには保守主義でなくリベラリズムこそためになるものだ」という反論も私に寄せられるだろう。それに対しては、「私の支持する保守主義と私の支持するリベラリズムとは両立する」と私は答える。確かに、リベラルの意味するのが「急進的」であるということなら漸進主義たる保守主義とは両立しない。そして、保守との両立以前に、リベラルが単に急進性を指し示すなら、上述の議論からしてそもそもリベラルは広く弱者のためにはならない。ならば、弱者のためになりかつ保守主義と両立するリベラルとはどのようなものだろうか。個人の自由のために国家がすべての個人に能力の発展の機会を保障しなければならないという意味のリベラル思想(6)なら問題なく該当する。そして、この思想の実現のために社会保障や不況時の景気対策の拡充が必要であることは言うまでもない。このような社会を漸進的に実現していくことには自己矛盾などなく、まさしく「保守とリベラルとの両立」である。
保守主義の実践
では、具体的に我々の実際の生活においてどのように保守主義を実践すればよいかを考えていこう。保守主義とは政治的な立場であるから、まず、政治との関わり方について。私がこれまで述べてきた保守主義を体現する政党とは、むろん、世間で言う「保守派、保守政党」とは限らない。私の言う保守政党とは、富裕層や一部大企業のためでなく、弱者含む一般市民のための漸進的社会改良を怠らないという態度の政党である。そのような政党を応援すること、つまり、「保守の看板を掲げるだけの政党」でなく「実質において保守である政党」を応援することが肝要である。また、精神的・経済的に強者でない者にとって、自分という個人の人生の改良においても保守主義は有効であろう。バークは、社会は複雑であるから安易な急進的改革を試みるべきでないとした。ここから推し広げて考えれば、個人の能力・個性や生きる環境もまた単純ではないのだから、強者でもないなら急進的な生活の改良など目指すべきではないと言える。例えば、成功者に啓発されて、地域・居住環境・趣味・職業・人間関係の全てを一度に抜本的に変革しては、自分の価値基準を失い、デュルケムの言うような命の危機に至らないにしろ精神が大きく不安定になるかもしれない。また、急進的生活改造やその失敗には大きな経済的負担も伴うであろう。一部の強者でないなら、あくまで自分の気質や限界を自覚して漸進的に改良するほうが却って近道である。ハンガリーの知識社会学者カール・マンハイムも保守主義とは自覚的に対応することだと論じた(1)。
参考文献
(1)『保守主義とは何か』 宇野重規 著 中央公論社 2016
(2)『フランス革命の省察』 エドマンド・バーク 著 半澤孝麿 訳 みすず書房 1997
(3)『奇跡の社会科学』 中野剛志 著 PHP研究所 2022
(4) https://www.eca.europa.eu/Lists/ECADocuments/SR18_09/SR_PPP_EN.pdf
(5)『奇跡の経済教室 【戦略編】』 中野剛志 著 KKベストセラーズ 2019
(6 )『リベラルとは何か』 田中拓道 著 中央公論社 2020
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