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かぶりつく幸せ

母がテニスに夢中になっていた頃、私は小学校低学年だった。父は海外に単身赴任中。子育てを一手に引き受け奮闘していた母の、たった一つの楽しみがテニスだった。

あの頃まだ30代半ばだった母に連れられて週末にはテニスコートに通った。大人が夢中になってプレイしている間、ほっぽらかされた子供はそのへんで楽しく遊んでいた。

普段はお茶や麦茶しか用意されていなかったが、たまに大会などがあると、ジュースや果物、お菓子やケーキなどに好きなだけありつけるのが楽しみだった。

数々の差し入れのなかで私にとってのナンバー1は、なんといっても熟れたトマトだった。冷水を注ぎ込んでいる大きなたらいの中にぷかぷかと浮かんでいる大きくて真っ赤なトマトたち。

ひとしきり遊んだ後、子供の手には大きすぎるくらいのよく冷えたトマトに丸ごとかぶりつく幸せ。人生そろそろ折り返し地点だが、あれ以上に美味しいトマトに出会ったことはない。

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