アラフォー女が刀を買うまでの話
刀剣ブームが騒がれるようになって久しいですが、そんな中ひっそりと刀を買っている人間が居たりします。そう、アラフォー女が唐突に……私がうっかり刀を持つ事になった話です。
あの日東京は雨でした
2019年の事だったので一昨年の事になります。
2020年があまりに早く過ぎていったので一年が挟まった感覚がありませんでしたが、気がつけば一年以上が経っていたようです。
一昨年の秋、元々いつか御守刀を注文打ちで打って貰おうと思っていた所に、現代刀匠である水木良光刀匠( @yosimitu_sword )が開催するお手入れ講習会がありました。結構長いスパンで考えていた注文打ちと刀剣所持でしたが、何はともあれ取り扱いやお手入れ方法が分からないのでは何も始まりません。家庭の事情で中々一人で遠出が出来ない身分でしたが、刀剣全般に関して寛容な家族の協力で、奇跡的に二泊三日で東京に出る事になったのでした。
当時努めていた職場を夕方に出て、電車でメイン駅から新幹線で東京へ!初日は移動だけで、翌日にお手入れ講習を受け、また一泊。そして最終日の東京三日目。まさか東京で三日目まで過ごせるとは思っていなかったので、東京に居る間しか出来ない事を色々考えました。
行ってみたかったトーハクに向かい、展示室を堪能して出てきた時にはちょっと天気が下り坂に。雲が増えて雨も降りそうに。
そこにTwitterのフォロワーさんから「今日、まだ大刀剣市でしょ。行かないんですか?」と突然のリプ。
いやいや、行かないんですかって言われても行き方分からないし……マップで調べるけど、と検索すると行けなくもない場所。ヤバいなー、行けるじゃん……そう思いつつ体は勝手に電車に乗って移動していた訳です。スマホのナビを頼りに会場に辿り着いてしまいました。
しかし、地理的には来られたものの、知っている刀剣商さんの心当たりがある訳でもなく、特に存じ上げている現代刀匠さんが多いという事もなく、一体何を頼りに何をしたものか(いや刀を見るんだよ)……と思いながら入場料を払ってパンフレットと共に中へ。丁度お昼を跨いでいたのもあって、お弁当を買って食べながら目録をパラパラしていると……
この刀剣商さん、Twitterでフォローしてる
見つけてしまいました。いや、見つかって良かった、が正解ですかね。
何しろ刀剣商さんとはこれまで関わりも全くなく、お名前だけは辛うじて存じ上げている所もあるものの、お店に行った事もなければ連絡を取った事も勿論ない。そんなお名前が並ぶ中でパッと目に入ったのがTwitterでフォローしている平成名刀会( @heiseimeitokai )さんでした。
「……ちょっとだけご挨拶するだけでも、いいよね……ちょっとお刀も見せて貰えたら、何となく雰囲気分かるかもだし」
そう思っていた時が私にもありました(一昨年)
ブースの前まで行って、チラ、チラ……と顔を出しつつご挨拶をし、簡単に自己紹介をして、陳列してあるお刀を拝見していると……。
『……ん、何だこの刀……脇差か、めっちゃ背筋がいい』
……うん、今考えてもよく分からない感想ですね。しかしそう思ったのです。通路側に棟を向けて置かれた刃はやや枕に伏せがちになっていて、刃の方や鋒の様子はパッと見では分かりませんでした。
『どうしよう……気になる。見せてくださいって頼んでもいいかな……』
先方は先程の簡単な自己紹介でお渡ししていた『水彩刀剣』の冊子をご覧になっていたので、おずおずと置かれている脇差を拝見させて頂きたい、と伝えて持たせて頂く事に。
白鞘の柄が着けられた状態で置かれていた刀身は、持ち上げると思ったより短く、照明に翳すとスッと通る直刃の刃文が印象的で暫く見入っていました。袱紗がなかったので手に乗せて角度をつけて見る事は出来なかったのですが、反りはやや腰寄りで素直に反って伸びており、鋒も中鋒、小鎬の稜線がパッキリとしていて顔(鋒←)のコントラストがとても良い。
『何これ私が30年来憧れた姿してへん!? 超イケメン(刀には面食い)』
端数の諭吉さん
刀に転んだきっかけから考えれば実に30年、姿を具体的に考えるようになってからなら20年くらいかもしれないけれど、反り、鋒、身幅、刃文、長さ……どれもとても良いものとしてその脇差は暫く手の中にありました。
暫くして別の若い女性のお客様がそれを見たいと仰ったのでお渡しして暫しの沈思黙考──一週間分くらい悩みました、色々、首がもげる程懊悩しました。何故って、その脇差さん、君そのお値段でそこに寝てていいのというお値段がついているお手軽さなのに、特に派手な拵でもない(白鞘ですし)為か、単に目に留まりにくい場所だったからなのか、殆どの方が素通り状態だったのです。
『マズい、これは買えてしまう……買えてしまうやん……』
するとお店の方曰く、その脇差は大刀剣市出品直前までお店に同じ値段で並んでいたのですが、常連さんがお値段についた端数の諭吉さん(表現)をまけてくれたら買うけど、と仰ってた所を、それは出来ないと言われてその日そこに並んでいたとの事。一応前日も大刀剣市はやっていたのですが、その一日でも買われずにいたというお話。
お客さんの目についていないとはとても思えないのですが、確かにパッと見はとても地味というか、目立たない雰囲気。そういう比重なのか刃もやや伏せがちに置かれていて、前を通っただけでは多分刃文までは分からないでしょう。ただ、私が棟の背筋が良かったので気になったまでの事。見てる所が若干おかしいですが反りフェチなだけです。
後ろ姿が綺麗なひとって人間でも刀でも気になるじゃないですか。
そんな端数の諭吉さんとかどうでもいい事です。
別のお客様が見終わって元に戻されたので、とりあえずこの方は買われないんだな、と判断。──言うなら今しかない。
「すみません、あの、この脇差なんですけど、今内金だけお納めするのでもいいですか……?」
──買わせてください
ずっと私の様子を見ていて説明して下さっていたお店の方も快くお返事下さって、大丈夫ですよ、との事。
それからお代の事や所有者変更の仕方、登録証の確認、刀と拵の状態の確認などを丁寧にお世話してくださって、私は内金を幾らかお支払いし、後で残額を納入する事で刀本体を後ほど送って頂けるとの事を確認して決めました。
空から降った号
流石にそろそろ会場を出て東京駅に向かわないといけない時間。移動中に家族に連絡する事も考えて少し早めに会場を後にしました。
下り坂になっていた天気はもうしっかりと雨模様。
携行していた折りたたみ傘を開いて駅に向かいながら、頭に浮かぶのはさっきの脇差の刃文の様子ばかり。
幸い家族は『それでええんかーい』と思える程寛容に思わぬ刀剣の参入を受け容れてくれ、収納場所や保管やお手入れの事などを少しラインで話し合いながら新幹線を待つ時間。外は段々雨脚が強くなってきて、秋の細い雨がサァサァと鈍い色の空に落ちていました。
偶々でしたが、買ったその脇差は無銘。一応三原の極めがついていたものの、その他の特徴は保存刀剣である事くらいで、スッキリとした直刃が流れるような静かな雰囲気の一振りでした。
──銘がないし、三原にはなってるけど、名前……号つけたいな
心許なくなったスマホの充電をしながらコーヒーで一服し、やっと少し落ち着いた気分になってきた時、ふとそう思って考えた頭に浮かんだのは「白雨(しらさめ)」という号でした。
節気にもある白雨(はくう)ですが、時期は勿論全然違うものの、訓読みにすればあの脇差に似合いそうだなと思いました。中直刃の刃文がスッと流れるようについていた一振りだったので。
『あの脇差が手元に来たら改めてそうつけよう』
そう思って、残額を納入してから一週間と少しして、白雨は拙宅にやってきました。
しらたきなんか春雨なんかはっきりせぇやというような号になってるな……と思ったのはまた暫く後の事でしたが、それから丸一年と数ヶ月、白雨は今でも我が家の保管場所でのんきに暮らしております。
日本刀という存在に転んでから年月にして30年近く……37歳にしてうっかり刀を買う事になるとは、本人も全く思っていませんでしたよね……。
平成名刀会さん、大変お世話になりました。良いご縁をありがとうございました。
この疫病禍の中ですが、私も白雨も元気です。
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